「今日、街で噂に聞いたんだけど、平家もこの熊野に来ているって。本当かなあ」
円座にあぐらをかいている景時が呟いた。
勝浦で足止めをくっている間に、情報収集と称して、景時は街でいろんな話を仕入れてきてくれた。
顔が割れるとまずいので、九郎は留守番だ。
「それは、ありえるかもしれない。平家にとって、熊野は聖地のようなものだから」
ぽつりと呟いたのは、平敦盛。
その名のとおり、彼は元々、平家の人間だ。
三草山の戦いの折、戦場にほどちかい河原で大怪我をして倒れていた彼は、望美に助けられた。
敵軍の将である人間を助けることに九郎はいい顔をしなかったが、望美は絶対に譲ろうとしなかった。
命を助けられた彼は、平家を捨て、源氏に…というよりは望美に味方することを決めた。
今度は、九郎もそれを邪険にはしなかった。
何故ならば、彼もまた、九郎たちと同じ『八葉』だったからだ。
「そうか。ならば、平家が手出しをするよりも早く、何としても、熊野には源氏の味方になってもらわなければ」
語気も荒く、九郎はそう告げる。
「それは…少し難しいかもしれません」
九郎の言葉に上がった一同の熱に水を差すのは気がひける。が、弁慶はやんわりと言った。
「熊野は…古来から、独立心の強い土地です。それに、別当一族は、平家、源氏、どちらの姻族でもあります。複雑な土地なんです」
昔、棲んでいたことがある、というとおり、弁慶はこの土地について、一同が知らないことを知っていた。
「それに…昨年、別当は代替わりをしています。新しい別当は、先の別当よりも、冷徹な方だと聞いています。その方が、どう判断するか…わかりません」
「そういえば…あの、後白河法皇だって、熊野路で足止めを食ってたもんね」
望美は呟く。
彼らが本宮を目指していたとき、途中で熊野川の氾濫により足止めを食ったのだが、その途上で出会ったのは長年院政を京で執り行ってきた後白河法皇だった。
天皇の熊野参詣は有名だが、神にも近いその人が足止めを食っているというのに、熊野は何も動こうとしなかった。源氏の棟梁の実弟である九郎でさえ、敬意を払うその人物だ。別当自らが、新本宮まで脚を向けてもよさそうなものを。
「ふうん。熊野別当…どんなヤツなのかな」
顎に手を当て、将臣が言った。
譲の兄である彼は、一行が熊野に来た時に合流した人物だ。
どうやら、望美や譲と同じ、この異世界へ飛ばされたらしいが、彼だけが何故か三年前のこの世界へと辿り付いたらしい。
そのため、本当なら同じ歳だったはずの彼と望美の間には、三歳の歳の差が生まれていた。
どうやら、将臣も、熊野本宮へ行くことを目的としているらしい。しかし、将臣と彼らと行動を共にしている理由はそれだけではなかった。彼もまた『八葉』であることが判明したからだった。


『八葉』とは、『白龍の神子』を守護するため、龍神に選ばれた八人の戦士の総称だ。躯のどこかに、龍神の力を秘めた『宝玉』を持つ。
よくよく見てみると、九郎は左腕に、景時は鎖骨に、譲は首に、将臣は耳に。そして、新しく仲間に加わった敦盛は左の首元に、九郎の剣の師、そして望美の師ともなったリズヴァーンは頬にと、それぞれ『宝玉』をつけていた。
ずっと外れなかった右手の石。それが、やはり予想どおり龍神の石であり、自分も八葉のひとりであることを弁慶は漸く認めた。
八人のうち、七人までが現在、望美の傍に居る。
性格も、出自も、主張も、何もかもが違う七人だが、ただひとつ、望美を護ろうと思う気持ちは同じだ。
この熊野を共に旅するようになり、ようやく一同には仲間意識というものが芽生え始めていた。
そして、最後の一人は、この熊野に居る。


「そういえば、八葉の最後のひとり。あいつはどうしたんだ?」
将臣の言葉に、ふと意識が戻される。
八葉最後の一人。それは、熊野路の入り口、田辺にある新熊野権現で一行を出迎えたのは、燃える焔のような緋色の髪をした少年だった。
木の上から飛び降りた彼は、望美の前に立つと、歯の浮くような言葉で彼女を口説きにかかったのだ。
弁慶の待ったがかかったので、その場は事なきを得たが、こういうことに疎い望美がひとりだったら、一体どうなっていたかわからない。
また、逢うこともあるだろう、と彼は来た時と同じくらい唐突に姿を消した。
言葉どおり、彼とはこの勝浦に来てすぐに再会を果たすこととなった。
ふらりと歩いていた彼を見つけたのは望美だった。
ちょっとサボってるからナイショな、とヒノエは彼女にウインクをする。
その日の宿を探していた一行に、彼はごひいきの宿を紹介してくれた。男性陣が一部屋に集まるとちょっと手狭だが、恰幅のよい女将は、変な詮索をしないし、何より食事が美味しい。
その頃には、ヒノエのことを悪い人物ではないと、誰もが思い始めていた。
「熊野別当のところに行けないなら、その間に仲間を揃えておいてはどうだ?」
「弁慶殿は、ヒノエ殿のことを御存知なのでしょう?彼と連絡を取ることは出来ませんか」
景時・朔の梶原兄妹が、弁慶に話しかける。
彼は、それをやんわりと固辞する。
「確かに、彼とは知り合いですが、彼は気まぐれですからね。今、何処に居るのかは僕にもわかりません」
申し訳なさそう告げると、弁慶は苦笑する。
「そうか。残念だな」
それに、はっきりと彼は言ったのだ。

―――『気がすすまない』と。

おそらく、近いうちに、彼とは再会をしなければならなくなるだろう。
しかし、その日が来るのを何よりも恐れている自分が居る。弁慶はそれを自覚していた。



***Comment***

5/4発行『比翼連理』のプレビューです。(フライングで5/3にも発売しますv)
ええと、前回の『菜の花月』にも書いていますが、うちの弁慶さんの幼名は『慶華』です。

非常に気合が入っていたのに、結局、オフ本落としてしまい・・・情けなくコピーになってしまいました。
しかも、ちょっと事情があってキン○ーズにも間に合わなかった(田舎なので24時間営業じゃないのです・・・)ため、自家製ですがお許しください・・・。
でも、ハンドメイドならではの味を出してみたつもり・・・です。


続きが気になる肩はオフラインで手にとっていただければと思います。
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2007.05.01 綺阿

はぁ・・・今から荷物つめなくちゃ。

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