CASTING *( )内は、前世(エヴァンゲリオン)での名前


キラ・ヒビキ(碇シンジ)… サード・チルドレン。[G]初号機パイロット
アスラン・ザラ(渚カヲル)… フィフス・チルドレン。[G]弐号機・5号機パイロット

レイ・ザ・バレル(綾波レイ)… ファースト・チルドレン。[G]零号機パイロット
シン・アスカ(アスカ・惣流・ラングレー) … セカンド・チルドレン。[G]弐号機パイロット
ラスティ・マッケンジー(鈴原トウジ) … フォース・チルドレン。[G]3号機パイロット
ラクス・クライン … ???

マリュー・ラミアス(葛城ミサト)… [G]シリーズ戦闘指揮者
タリア・グラディス(赤木リツ子) … [G]シリーズ開発責任者兼スーパーコンピューター[MAGI]管理者。
ムウ・ラ・フラガ(加持リョウジ)… ZAFT特務特殊監査部所属のスパイ。
実は、SEELE・ZAFT・地球連合軍の三重スパイ。
ギルバート・デュランダル(碇ゲンドウ) … ZAFT総司令。[G]シリーズを共に開発していた恩師ヴィア・ヒビキに
もう一度逢うために人類補完計画を発動させようとしている。
ヴィア・ヒビキ(碇ユイ) … キラの母。故人。[G]初号機の起動実験中の事故により死亡。初号機のコアに取り込まれている。

パトリック・ザラ(キール・ロレンツ) … 秘密結社ゼーレの中心人物で、人類補完委員会の議長。ZAFTを影であやつる人物。






西暦2000年9月13日。
南極大陸で突然発生した『セカンドインパクト』と呼ばれる大災害により地球上の生物の半数が死滅した。
その大惨事から復興しつつある2015年。
人類は、『使徒』と呼称される新たな脅威に見舞われていた。

その危機から人々を救ったのが、国連の下部組織である特務機関『NERV』だった。
襲来する使徒を殲滅するため、彼らが極秘に開発していたのは汎用人型決戦兵器・・・『人造人間エヴァンゲリオン』だった。
それは、今までの常識を覆したモノだった。
全長数十メートルにも及ぶその躯を被っているのは、冷たい金属ではない。なんと、それはヒトと同じ細胞組織を持った、まさに『ヒトの手によって造られた、巨大なヒト』だったのだ。
その巨大な人形に意思はない。指示を与えるパイロットには、まだ14歳の多感な少年と少女が選ばれた。
世界の命運を託された少年たちの奮闘により、最初の使徒『アダム』と他の使徒との接触を未然に防ぐことが出来た。
かくして、サードインパクトは起こらず、人類は生き延びた。

時代はAD世紀からコズミック・イラへ。
再び、運命は繰り返す・・・。



NEON GENESIS

創世記




どうしても、自分以外の『誰か』を受け入れられない絶対領域。

―――それは、聖領域?


神から創られた、第一の使徒、アダム・カダモン。
『白い月』に住まう彼は、神から『生命の実』を与えられた存在だった。
核を壊されぬ限り、続く永遠の生命。
けれど・・・彼は、その長き時間を凍結させた。

その妻、第二使徒、リリス。
蛇に唆され、彼女が手にしたのは『智恵の実』。
楽園を追放された彼女は『黒い月』に住まうようになった。
その結果、彼女から生まれた『ヒト』は神を畏れ敬う心を失い、科学という『力』を手に入れ、永遠の生命を失った。

一方、アダムから生まれた『ヒト』の対である『シト』。
彼らは、『ヒト』の追放された楽園で、残された生命の実を手に入れた。
彼らは知恵という力を得ることが出来なかったが、その代わりに無限の生命を手に入れたのだ。

生殖を必要としない彼らの個体数は最初から定められている。
第一使徒アダム、第二使徒リリスを含め、全部で十七。

それは・・・何時の時代も同じ。


―――覚醒して、最初に脳裏に浮かんだのは君の笑顔。


「・・・君は・・・今度は何という名前になっているのかな」
ゆっくりと、瞳を閉じて想い出す。
他人と接触することを極度に恐れていた内気な君。
唯一の肉親であった父親には省みられず、同じ場所に居ても言葉を交わすこともなく。
これ以上傷つきたくなくて、でも、愛されたくて。
震えながら伸ばされた手を握ったら、びっくりしたように瞳を見開いていたね。

叶うことなら、ずっと君の傍に居てあげたかった。
寂しがりやな君と一緒になりたかった。
もう、誰も、何も、ふたりを引き離すことのないように。

けれど・・・最後の最後に、それを拒んだのは君だった。

『信じる』では一文字余り、『真』では一文字足りないと・・・自分の名前のことをそう言っていたね。

君はまだ・・・俺のことを覚えている?


「・・・目覚めたか?」
煌々と白い裸体を照らし出す淡い光。
しかし、それがは月の光ではないことを彼は知っていた。
当然だ。この場所こそが月なのだから。
「・・・随分とこの場所も過ごし易くなったものだね」
確か、眠る前まではこの月に生きる生命は自分たちしか居なかった筈だ。
それがいつの間にか・・・リリンたちが此処に入り込み、巨大なドームで月面を多い、贋物の都市を築いている。
「・・・どのくらい眠っていた?」
「おまえがそれを気にする必要はない」
響く声は、どれだけ時間が経っても変わらない。
何故ならば・・・彼らは、脆弱な肉体を捨て、機械の中に自らの精神を閉じ込めて、永遠の生を手に入れたからだ。
時折、その容れ物を変えることはあっても魂の本質は変わらない。
自分は、彼ら『SEELE』によって気まぐれに起こされる。
何度肉体を失っても、精神だけはずっと生き続ける。
何度も、何度も、抜け殻のように躯を脱ぎ捨てて、永遠を渡ってゆくのだ。
『永遠に生きる』ということは、『ずっと死んでいる』のと同じこと。
変化のない時間を過ごさなければならない退屈を、愚かな老人たちはどうして望むのだろう?


ゆっくりと、少年は身を起こす。
彼が横たわっていたのは黒い棺。
長い眠りから覚めたばかりの躯は、まだ思うようにうまく動いてくれない。
視界に映るのは、まるで人形のような手。
意識を集中させ、一本、一本、その指を動かしてみる。
親指、人差し指、中指、薬指、小指。
その感覚は、かつてあの『人形』を動かしていたときに酷く似ていた。
今度は脚に意識を入れて、立ち上がる。
肩を滑り落ちるのは、少し癖のある濃紺の髪。
それはまるで夜の闇のような色をしていた。
かつての外見(いれもの)には色すら与えられなかったのに・・・老人たちの
考えることは両極端だと苦笑する。
「・・・タブリス。今度こそ、サードインパクトを起こすのだ。おまえの対・・・あの少年も、この時代に生まれ変わっている」
「・・・そう」
『彼』に、また逢える。
その事実に、酷く心が高揚する。
「データを転送する」
脳裏にそんな言葉が響くと同時に、溢れる情報。
君が生まれてから・・昨日までの時が・・・君の記憶が・・・俺の中に流れ込んでくる。
「君はまた・・・三番目なのか」
思わず、呟いた。

運命の・・・三番目の子供(サード・チルドレン)。

かつて『エヴァンゲリオン』という名前だった俺たちの同胞。
今度は『GUNDAM』と名を変えた、身体組織が俺たちと全く同じあの異形の巨人に・・・君はまた乗っているのだという。
『嫌だ』、『もう、誰も傷つけたくない』、『殺したくない』と、優しい君は泣きながら。
「もう・・・泣かないで」
今度こそ、俺が傍に居てあげるから。
「君に・・・逢うために、また生まれてきたよ」
君の笑顔を、君の泣き顔を・・・今度はいくつ見ることが出来るだろう。


俺の運命の人。
永い時を超えて、俺はもう一度この世界へ生まれてきたよ。

君にまた、出逢うために。
もう一度、君を愛するために。


それとも・・・もう一度、君に殺されるために?



太陽の光の届かない巨大な空洞都市(ジオ・フロント)。
機械油の匂いと、人工照明の白っぽい光と、途切れることのない
機械音(ノイズ)。
血の匂いのするLCL。
躯をぴったりと被うプラグ・スーツ。
こんなものに、何時から慣れてしまったのだろう。


平凡な中流家庭に生まれ育ち、工業系のカレッジに通うごく普通の学生だった僕の人生は一瞬で消えてしまった。
ある日、突然、宇宙から飛来した巨大な隕石がオーブ領の資源衛星[ヘリオポリス]に衝突。その結果、コロニーは消失した。
隕石の接近速度は想像を絶しており、予測すら不可能だったという。政府からの速報どころか避難誘導のアナウンスすらなかった。そのため、避難できたのはごく一部の人だけだ。
運良く、カレッジの担当教授が勤務している企業のラボに大きなシェルターがあったため、僕は難を逃れることが出来た。
しかし・・・その時、生き別れになった両親とは・・・結局、二度と逢うことができなかった。
いつものように玄関で『いってらっしゃい』と見送ってくれた母。
カレッジまで送ってくれた父。
数時間前まで『当たり前』だった日々は、脆くも崩れ去った。
なにも、死体を見た訳じゃない。
ふたりが死んでしまっただなんて、とてもじゃないが信じられなかった。
何をすることもできず、無気力に過ごしていたある日・・・叔父だという人物が僕を訪ねてきた。
彼の名は、ギルバート・デュランダル。
亡き母、カリダ・ヤマトの弟だと言った。
天涯孤独になった僕にとって、彼は唯一の肉親だった。
僕は、彼の居るプラントへ渡った。


「どうしたね?キラ」
名前を呼ばれ、薄く瞳を開く。
一度慣れてしまえば、LCLは空気と同じだ。
そして、一度[G]とシンクロしてしまえばモニターは直接、僕の瞳と同じになる。
ここが、まるで試験管のような細長いエントリー・プラグという名前のコックピットの中だということも忘れてしまう。
目の前にたたずんでいるのは、癖のある黒髪を長く伸ばし、紫と赤の長衣をまとった男。
ギルバート・デュランダル。
―――僕の叔父。
「僅かにシンクロ値が下がっているようだが・・・どうかしたかね?」
「・・・いえ。何でもありません」
ゆっくりと瞳を閉じる。

疑問を抱いちゃいけない。
ただ、指示されるように動けばいい。
命令されるとおり、[G]に載って、使徒を倒せばいい。
そう、僕はそのためのパイロットなのだから。

「キラくん?データは取れたから、もう上がっていいわ。おつかれさま」
[G]のメンテナンスを行なっているタリア・グラディスの声が響く。
「・・・はい」
接続が外部から強制的に解除されたのだろう。不意に、周囲の景色が変わる。
今まで僕が[G]を通して見ていたラボの壁ではなく、エントリー・プラグの壁面だ。
LCLが排水され、プラグのハッチが開いた。
「・・・・・・」
ケイジに固定されているのは、さきほどまで自分が乗っていた巨人。汎用人型決戦兵器人造人間[G・U・N・D・A・M]・・・通称[G]。その初号機、[フリーダム]。
それが、叔父から僕に与えられた、新しい存在意義だった。


プラント首都[アプリリウス]からやや離れたところにあるコロニー[ディセンベル]。そこがどの国家にも属さない超法規的組織[ZAFT]の本拠地だった。
自分がそこの責任者であると、ギルバートは自ら告白した。
内部には、要塞のような巨大なジオ・フロント。
「・・・こんなところが・・・」
目の前に広がる人工都市にキラは息を飲む。
これまで棲んでいた[ヘリオポリス]も大きなコロニーだったが、此処を形作っている技術が、それよりもずっと上のものであることは工業系のカレッジに通っているだけあって、すぐに理解できた。
その時、不意に嫌な音が耳に響く。
『使徒来襲!最終防衛線を突破!予想目的地、ディセンベル内部、ジオ・フロント!』
「・・・なに?」
『総員、第一種戦闘配備!総員、第一種戦闘配備!』
よくは分からない。
けれど、鳴り続ける警報はこれからよくないことが起ころうとしていることを如実に示していた。
「・・・私だ。どうした?」
すぐに携帯用端末に入ってきた連絡に、ギルバートは耳を傾ける。
「司令!『使徒』です」
「・・・来たか」
彼は秀麗な眉を顰める。
「・・・『使徒』?」
聞きなれぬ単語にキラは眉を顰める。
「キラ。私は今から、君に・・・辛い真実を告げなければいけない」
ギルバートは、すうっと橙色の瞳を細める。
「・・・君の両親が命を落としたヘリオポリスが失われたのは、隕石の墜落が原因ではない」
「・・・え?」
キラは、アメジストの瞳を大きく見開く。
「だって・・・どのテレビ局も、オーブ政府だって・・・隕石の墜落が原因だって・・・」
ギルバートが自分を訪ねてくれるまで、キラはただ、毎日テレビのモニターを見て過ごしていた。
毎日、更新される生存者リストの中に自分の両親の名前を捜すことしか出来なかったのだ。
その間、どの放送局のニュースも、一瞬にして幾万もの生命が失われたあの不幸な事故の原因は、隕石の衝突によるものだと・・・そう繰り返していたのだ。
「・・・これを見て欲しい」
車のモニターをギルバートは指差す。
「・・・何・・・なんですか。これは」
そこには、今までキラが見たこともない巨大な生物が映っていた。
画面の中でそれは高層ビルをおもちゃのようにへし折り、橋を踏み潰している。
まるで、それは映画のワンシーンのようだった。
「司令!このままでは、ディセンベルが・・・!」
ギルバートの携帯用端末の向こうから、切羽詰った女性の声が聞こえる。
「・・・ああ。分かっている。あれの用意を」
「は・・・はい!」
くるりとギルバートはキラの方へと向き直る。
「キラ。これは今、地上で実際に起こっている映像だ。彼らは・・・『使徒』。あれが・・・ヘリオポリスを襲ったのだ」
「・・・あれが・・・ヘリオポリスを?」
キラは唖然としてもう一度モニターを見つめる。
そこでは、正体不明の生物が暴れ続けていた。
確かに、あの破壊力をもってすればコロニーのひとつくらい呆気なく潰れそうだった。
「あの時は我々も打つ手がなかったのだ。しかし・・・今ならば・・・使徒に対抗できる兵器がある。・・・来なさい」
ギルバートに連れられたキラは、数十メートルは続こうかというエレベーターに乗り、更にジオ・フロントの深遠へと降りていく。
カツカツと響く叔父のブーツの音をキラは追う。
「・・・これが・・・我々、人類が使徒に対抗するための最終兵器[G・U・N・D・A・M]だ。我々は便宜上[G]と呼んでいるがね」
カシャン、という音と共に、ドッグを人工照明が照らし出す。
「・・・!・・・」
キラの目の前にはケイジに拘束された巨大な人形があった。


―――最初にそれを見せられた時、感じたのは恐怖だった。


ヒトと同じ物質で構成されていると教えられたそれは、どう見ても異形の代物だった。
「司令!」
その時、キャット・ウォークをふたりの女性が走ってくる。
ひとりは、赤いミニのワンピースを纏った闊達そうな女性だった。
肩の辺りまである焦げ茶の髪が揺れる。
「初号機はB型装備のまま、現在、冷却中。いつでも再起動可能です!」
「・・・そうか」
もうひとりの女性は、長い白衣を羽織っていた。その下は短いタイトスカートにヒールの高いパンプス。ブロンドの髪を内巻きにしている。
「その子が・・・三人目の適合者(サード・チルドレン)ですね」
「・・・サード・チルドレン?」
聞きなれぬ言葉に、キラは眉を眇める。
「キラ。この初号機・・・[フリーダム]のパイロットは君だ」
「・・・え?」
叔父の言葉が信じられず、キラはびっくりしたようにただギルバートを見ることしか出来ない。
「そんな・・・急にパイロットだなんていわれても・・・僕・・・こんなものの操縦なんて、出来ません」
キラはかぶりを振る。
確かに、カレッジでは工業用ロボットの開発研究を行なっていたが、それは単純な動きしかしないものだ。しかも、キラの専門はOS開発・・・プログラミングだ。それこそ、このロボットを動かすプログラムの修正程度なら出来るかもしれないが、これに載ってあの化け物と戦え、というのはムリな相談だった。
「・・・君なら出来る」
自信ありげにギルバートは答える。
「そんな・・・何を根拠に!」
たとえ、血がつながっているとはいえ、ギルバートとはまだ出逢ったばかりだ。一体、自分の何が分かるのか、とキラは叔父を睨みつけた。
「・・・大丈夫だよ。君は・・・我々の希望。・・・この[G]とシンクロする能力を持つスーパー・コーディネイターなのだからね」
カーネリアンの瞳を細め、ギルバートは笑った。


躯にぴったりと張り付くプラグ・スーツを荒っぽく脱ぎ捨て、シャワー・ルームへと向う。
コックを捻ると、勢いよく熱い湯が降り注いだ。
瞳を閉じ、キラは頭からそれを被る。
肌を撫でてゆく水が、嫌なものをすべて洗い流してくれるまで、ただ黙って俯いていた。
足元に流れる水がタイルの目地を伝い、排水溝から流れてゆく。
「・・・血の匂いがする」
くん、と自分の肌を嗅ぐ。
[G]のコックピットにあたるエントリー・プラグ。
その内部を充たしているのは空気ではない。LCLと呼ばれる液体だ。
通常、ヒトは水の中で呼吸が出来ない筈なのだが、その液体が肺を充たせば直接酸素を取り込んでくれる。
おそらく、それはヒトの体液に近いのだろう。ならば・・・[G]から降りた後、いつも自分の躯から血の匂いがする理由も分かるような気がする。
これまで、何度もこの[G]で使徒を殺した。
様々な形状をしている使徒は、人間とは違い2S機関という永久機関を持っており、自己の体内で電子と陽電子を対生成・対消滅させ、エネルギーを発生させることができる。
つまり・・・彼らは核と呼ばれるコアを壊さない限り、半永久的に生きることが可能なのだ。


『君を育ててくれた両親は、君の本当の親ではない。カリダ・ヤマトは君の叔母にあたる人物だ』
ギルバートはキラ本人ですら知らない真実を告げる。
『君の本当の名前は、キラ・ヒビキ。この[G]計画の発案者、ヴィア・ヒビキ博士こそが君の本当の母親だ。彼女は・・・自らの血を引く息子の君にこの機体を託した。彼女の遺伝子を持ち、コーディネイターの中でも最高レベルの能力を持つ君ならば・・・必ず[G]とシンクロできるさ』
彼の言葉どおり、確かにキラは訓練もなくいきなり[G]初号機・・・[フリーダム]とシンクロすることが出来た。
最初の被験者であるレイが、はじめて[G]を動かすまでに七ヶ月かかったにもかかわらず、だ。


『―――彼らを倒さなければ、我々(じんるい)が滅びる』


ギルバートはこうも言った。
人類が生き延びるための最終兵器[GUNDAM]。
そして、そのためのパイロットである自分。
今、これを動かすことが出来るのは、自分とレイしか居ない。
だから・・・キラは[フリーダム]に乗り、戦っているのだ。


「だって・・・もう、ここのほかに僕の居場所なんて、何処にもないんだもの」
キラは小さく呟く。
湯が出続けているシャワーの飛沫が鏡に撥ねる。
そこに映った自分は、酷く歪んだ表情をしていた。


****


「ねぇ、マリューさん。五人目が来るって本当なの?」
シュン、という音と共に開かれた扉の先に、見たことのない少年が居て、キラは慌てた。
「ご・・・ごめんなさい!お客様が来ているとは思わなくて!」
扉をロックしようとするキラをマリューは呼び止める。
「今、あなたにも紹介しようと思っていたの。入りなさい」
再び、扉が開かれる。
俯きながら歩を進めたキラの視界には白いブーツの爪先。
それは、自分と同じものだ。
「俺が五人目のアスラン・ザラだよ。よろしく・・・キラ」
頭上から降ってきたのは柔らかなテノール。
その声が自分の名前を紡いだ時・・・キラは弾かれたように顔を上げた。
そこには、自分と同じZAFTの真紅の軍服を纏った、濃密な夜と同じ色の長めの髪をした少年が佇んでいた。
じっと自分を見つめる深い翡翠色の瞳。
それと自分のアメジストとが交錯した刹那・・・キラは強い既視感(デジャヴュ)
に襲われていた。
「・・・き・・・み?」


『怖いのかい?人と触れ合うのが』

『ガラスのように繊細だね。君の心は』

『ヒトは・・・ひとりでは生きていけない存在だから』

『好意に値するよ』

『忘れることが出来るから、ヒトは生きていけるのかもしれない』

『・・・好きってことさ』


脳裏に誰かの声が響く。
それは、夏の遠い想い出の中の花火のように儚く現れ、一瞬で消えていった。
「・・・待って・・・!」
思わず手を伸ばした刹那、ぐらりと視界が廻る。
立っていることすら出来ず、痛む頭を抑えてキラはその場に蹲る。
「キラくん!」
「大丈夫・・・です」
慌てて駆け寄るマリューより先に、キラの向かいに立っていた少年が細い躯を支える。
「キラ・・・大丈夫か?」
また、名を呼ばれ、キラの躯がびくりと大きく震える。
まるで歓喜にうち震えるかのように。
「ありがとう・・・もう・・・大丈夫」
しかし、彼はキラの言葉には全く耳を貸さず、細い肢体を抱き上げる。
「・・・ちょっと・・・君っ!」
「アスラン、だ」
その名前を耳にして、また鼓動が大きく撥ねる。
一体、この躯はどうしたというのだろう?
「キラくん・・・あなた、大丈夫?真っ青よ。少し休んだ方がいいわ」
「でも・・・シンクロ・テストが」
自分の体調よりも定められた予定を優先させるキラに、少年は苦笑する。
「そんな状態でいい数値が出る訳ないさ。ラミアス三佐、テストの開始時間を三十分遅らせてください」
「ええ・・・分かったわ」
アスランの申し出をマリューはあっさりと受け入れた。
お姫様抱っこをされたまま、キラはアスランの手によって医務室へと連れて行かれた。
「・・・さすがに、サルベージされた記憶を植えつけられた俺と違い、君には以前の記憶までは残ってない・・・か」
瞼を閉じ、医務室のベッドで眠るキラの顔色は優れない。
白いシーツの上に放り出された細い手にそっと手を触れ、アスランは呟く。
「・・・まぁ、いいさ。君が覚えていなくても」
瞳を閉じ、彼は眠ったままのキラの手に口付けた。


「・・・あと、コンマ三下げてみて」
LCLに満たされた実験用のプールに並ぶ三本のエントリー・プラグ。その中には、プラグ・スーツを纏ったレイ、キラ、そしてアスランの三人が浮かんでいた。
「・・・信じられないわ。コアの交換なしに弐号機とシンクロできるなんて」
目の前のモニターの数値にマリューはヘーゼルの瞳を見開く。
刻々と変わる波形と数値。
それは、[G]とパイロットたちのシンクロ率を示している。
「・・・データに間違いはないの?」
タリアは隣に居たミリアリアに問う。
「はい。マギによる誤差は認められません」
しかし、そうは言ったものの、目の前の数値は、容易に信じられるものではない。
[G]の開発に当初から関わっている者であれば、余計に。
「信じられません。いえ・・・システム上・・・ありえません」
ミリアリアは震える声を止めることが出来なかった。
汎用人型決戦兵器人造人間[G]。
その機体とパイロットは、10A神経で接続されており、その接続状況・・・シンクロ率が、[G]の戦闘能力を左右していた。
パイロットは誰でもよい訳ではない。
[G]は自分に一番近い存在にのみ、高いシンクロ率を誇る。
シンクロとは同調。つまり・・・[G]とパイロットは自己同一化をはかるのだ。
搭乗しているパイロットと[G]はひとつになる。
だからこそ、キラは初号機を自分の手足のように扱うことが出来、それが負ったダメージを自分の痛みとして知覚するのだ。
[G]のコアには、パイロットの個人を特定するパーソナル・データが刻まれている。
その書き換えなしに他のパイロットが乗ることは通常出来ない。
だから、通常、キラの搭乗機になっている初号機にレイが乗る際には、初号機のパーソナル・データをキラのそれからレイのそれへと変更する必要が生じる。
アスランは・・・シンのパーソナル・データのままの弐号機とシンクロ・テストを行い・・・いきなり、シン以上のシンクロ率をはじき出したのだ。
否、それだけではない。
その数値は・・・レイと零号機のそれよりも・・・キラと初号機のそれよりも上だったのだ。
「・・・信じがたいわね。でも・・・これが事実・・・か」
モニターを見つめたままマリューは呟く。
全世界の子供たちから被験者を集め、[G]のパイロットとなるべき子供を選ぶマルドゥック機関。
アスランは、そこが直接ZAFTに送り込んできた子供だ。
何らかのいわくがあるだろうとは思っていたものの、ここまで謎を秘めた少年だとは思わなかった。


温いシャワーが肌を撫でる。
髪を伝った雫が、ぽつりと落ちる。
乾いたLCLの残滓が・・・プラグ・スーツを纏っていても何処かにこびりついているような気がする。
血の匂いが何時までも消えない。
キラは何度も、何度も肌を擦る。
「・・・キラ?石鹸貸してくれないか?」
物思いに沈んでいると、不意に響いたテノール。
次いで、湯気で煙るシャワーブースに現れる人影。
白い手が石鹸を掴んでいる。
元々、ブースの定員はひとりだ。そこにふたりで入る物好きなんて居ない。
狭い空間に、彼の気配。
自分よりも白い肌は、僕と同じように濡れていて何処となく艶かしい。
「・・・キラ?」
宵闇色の髪は、濡れてその色を一層濃く見せる。
ぽたぽたと雫を垂らしながら、彼は手を伸ばす。
「・・・!・・・」
触れた肌。
まるで陶磁器のように滑らかで白いのに、それは僅かに触れ合っただけでぬくもりを伝えてくる。
思わず躯を退いて後ずさると、彼は眉を僅かに上げる。
「一時的接触を極端に嫌うね。君は」
そう言って、彼はからかうようにその躯を近づけてくる。
「ちょっと・・・やめ・・・!」
慌てるが、生憎、ブースの扉はアスランの方にあり、躯を退いたところで壁に追い詰められるだけだ。
背中に、ひやりとしたタイルの冷たい感覚。
それに思わず身を震わせた。
「・・・普通でしょ」
上擦りそうになる声を必死で押し留める。
「知らない人に必要以上に近寄られるのは、誰にだって気持ちのいいものじゃないと思うけど」
キラは正面にある翡翠を睨みつける。
視線を逸らすことなく、彼は言った。
「・・・知らない人?」
「そうだよ。僕は・・・君のことを名前しか知らない」
そう言えば、彼は淡い苦笑を浮かべた。
「怖いのかい?・・・他人と触れ合うのが」
そう言って、彼は手を伸ばしてくる。
肌に触れてくるかと思った手は、顔の両脇の壁に付けられただけだった。しかし、そのせいでキラの退路は彼によって完全に断たれてしまう。
「他人を知らなければ・・・裏切られることもないし、それによって自分が傷つくこともない」
静かに彼は言った。
その、深い色をした翡翠の瞳に・・・吸い込まれそうだった。
「でも・・・きっと、ヒトは寂しさを忘れることはない。そして、ヒトは寂しさを永久になくすことは出来ない。ヒトは・・・いつもひとりだからね」
観念的な話はあまり得意ではない。
突然、展開された哲学論にキラは眉を顰める。
「常にヒトは心に痛みを感じている。心が痛がりだから、生きることが辛いと感じる。・・・ガラスのように繊細だね。特に君の心は」
その言葉に、キラの鼓動がどくん、と脈打つ。
どこかで・・・聞いたことがあるような気がした。
「・・・好意に値するよ」
「・・・え?」
その言葉の意味を図りかね、アメジストを瞬かせたキラにアスランは苦笑いを浮かべる。
「以前も言ったんだけど・・・覚えてないみだいな」
「・・・以前も?」
その言葉に、キラは小首を傾げる。
確かに・・・その言葉には、何となく覚えがあった。
けれど、キラがアスランに出逢ったのはついさきほどのことだ。
しゃべった回数だってほんの僅かしかない。確実に、その間に交わされた会話の中ではない。
「・・・忘却は罪なのかな。それとも・・・救いなのかな」
少し寂しそうにそう呟いたアスランの声はすぐにシャワーの音にかき消された。




**Comment**

勢いにまかせて書いたら・・・・・・なんと60ページになりました。
多分、このまま暴走を続けていたら100ページ近くにはなっていたと思うのですが・・・・タイムアップとなりました。
異常に楽しかったです。

あたしも全然庵○さんのこと言えなかった。
謎が謎のまま終わってます。すみません・・・。(途中で力尽きた)
でも、ほんと、偉大な作品だと思います。

後書きに書くの忘れてたんだけど、あたしはサザエさんにも、ドラえもんにも、ちびまるこちゃんにも共感できない子供でした。
でも、エヴァは一番自分に近い話だったと思います。

2007.Sep
綺 阿。

©Kia - Gravity Free - 2007