
夜四月。桜吹雪の舞い散る日本武道館では…東応大学の入学式が行なわれようとしていた。
「新入生挨拶。新入生代表、アスラン・ザラ」
「はい」
中央に用意された雛壇には、大学の経営陣や教授陣などがずらりと並んでいる。
すっと、新入生たちが座る席から立ち上がったアスランは…この場に居る全員の視線を受けながら壇上へと向かう。
「同じく…新入生代表、キラ・ヒビキ」
「…はーい」
子供のような男性にしては少し高いアルト。もうひとつ、茶色い頭がぴょこりと群集の中から飛び出る。
「何でふたり?」
「あいつら、ふたりともトップで入学したらしいぜ」
「普通、どっちかだろう?」
新入生代表といえば、普通はひとりだろう。もし、総合得点が同じだとしても、何かの教科で優劣をつけるはずだ。
「いや、それが、噂だけど…ふたりとも、全教科満点らしいぜ」
その言葉に、質問した側は絶句する。この大学の入学試験に合格しただけあって、この場に居る誰もがそれ相応の頭脳を持っている。しかし、そんな彼らだからこそ、あの試験問題で満点を取ることがどれだけ困難なことかはよく分かっていた。
「あの問題を全部正解って…そんな化け物が居るのか?」
「しかも…キラ・ヒビキって…あの、アイドルの?」
「そんな訳ないだろー。アイドルが東応大学に主席合格なんて出来るかよ!」
そう笑っていた人物は…人の海の中をまっすぐに歩いてくる人物の顔を見てあんぐりと口をあける。
「ま…まさか?本当にキラ・ヒビキそっくり…!」
モデル出身のお茶の間のアイドル、キラ・ヒビキ。その青年は、テレビ中の彼にそっくりだった。
「てか…何だ?あの格好?」
先に階段を上がりきったアスランがダーク・グレーのスーツ姿なのに対し、キラ・ヒビキはといえば…まったく普段着のラフなパーカーに履き古したジーンズにスニーカーという、まったくTOPを弁えない姿だったのだ。
あまりに対照的な新入生代表の姿には、生徒たちだけではなく教授たちも唖然としている。そんな中…ふたりは、あらかじめ準備されたあいさつ文を半分ずつ読み、無事に役目を終えると…席に戻る。
「…君が、アスラン・ザラくん?」
先に階段を折りきったアスランの背中にキラ・ヒビキは話しかける。
「そうだが?」
「…ふうん」
キラ・ヒビキは無遠慮な瞳でアスランをちらりと見つめる。まるで探るような視線で見られるのは気持のいいものではない。
「…おまえは、本当にあのアイドルのキラ・ヒビキなのか?」
逆に問うてやると、彼は驚いたようにアメジストを見開く。
「え?僕が?そんな訳ないでしょ」
彼は人懐こい笑顔でくすりと笑う。
「顔がそっくりで、名前も同じだから…よく間違われるんだよね。この前も『サインください!』って…原宿で追いかけられたよ。ところでアスラン・ザラくん。警視総監パトリック・ザラを父に持ち…これまでにも数々の難事件を解決するのに助力してきたそうだね」
「……」
「そんな君の実力を見込んでお願いしたい。もし…君が正義を信じ、僕の言葉を誰にも口外しないと誓うならば…僕は『キラ』事件の真相を君に話すよ」
「…別に、他人の言葉を吹聴してまわるようなことはしないさ。だが…おまえの言葉が真実だという証拠はどこにある?」
そうシニカルに切り返してやれば…彼はきょとんとした顔をしていたが…不意に表情を変える。
「…僕が…『L』だよ」
彼の言葉に、アスランは思わずぴくりと反応してしまった。
(なんだと…Lだって…?)
そんな訳はない。今までLは、自分の姿は一切現すことなく、FBIや日本警察を自分の手足のように使って事件に介入していた。しかも…。
(Lがこんな…俺と同じくらいの年齢の子供だなんて…ありえない!)
世界中の難事件を解決してきた名探偵『L』。
彼がこの世に現れるようになったのは、何も最近の話しではない。アスランの父、パトリックは、何年も前、彼に助けられたと言っていたのを聞いたことがある。
(もし、こいつが本物だとすれば…Lは子供の頃から世界の難事件を解決していたということに…。もし、代役だとすれば、これは偽名。デスノートに『キラ・ヒビキ』と書けば…おそらく本物のアイドル、キラ・ヒビキが死んでしまうだろう。どちらにしても…今はダメだ。何も手出しできない。いや、おそらく彼は俺の反応を伺っているはず。過剰に反応してもだめだし、ノーリアクションもおかしい)
そう想ったアスランは、粛々と信仰している式典に集中する。
しかし…すぐ近くに座っているキラ・ヒビキの存在はあまりに大きく、自然にちらちらとそちらに視線が向くのをとめることは出来なかった。
「あ、ザラくん!」
じっと、身動ぎひとつせずに過ごす時間は途方もなく長かった。
ようやく式典が終わり、新入生たちは武道館の外へと向かう。そんな彼らの中に居たアスランを呼び止める声。振り返れば…手を振っているのはくだんのキラ・ヒビキだった。
「僕、政経なんだ!君も一緒だよね?じゃあ、今度はキャンパスで」
そう笑って彼は手を振る。
「…キラ様」
そんな彼の隣にはリムジンが横付けされ、後部座席の扉を白手袋をした運転手がうやうやしく開いている。
そんな車に乗り込む彼は、あくまでもパーカーにジーンズ。まったく似つかわしくない格好だ。
「じゃあ、またね、ザラくん」
ばたん、という音と共に閉じられた扉。ウインドゥがすうっと開き…キラ・ヒビキはばいばい、と手を振る。
クラクションを鳴らしたリムジンは…呆気に取られる人たちの視線を奪ったまま桜吹雪の舞う坂道をゆっくりと降りていった。
† † †
その日からアスランとキラ・ヒビキの奇妙な学園生活が始まった。
よりによって…彼とアスランは基礎ゼミと語学の必修が同じだったのだ。学籍番号を成績順に割り振っていることもあり、アスランは何かといえば彼と行動を共にすることになってしまった。
ほかに知り合いが居ないのか、彼はザラくん、ザラくん、と言ってやたらとアスランに構う。
(こいつは…本当にLなのか…?)
キラ・ヒビキの作戦は見事に的中した。
彼の存在にアスランは完全に意識を奪われることとなったのだ。
どうやら、裏口入学ではないらしい。同じ講義を受けているのだから、当然、頭の出来がどのくらいかはすぐに分かる。
記憶力もいいだけではなく、彼は恐ろしく勘がいい、
しかも…できるのは勉強だけではなかった。お遊びで誘われたテニスの試合…彼は中学時代にテニスのジュニア・チャンピォンに輝いたアスランに互角の試合を演じたのだ。
「いやぁ…しばらくやってなかったから、躯がなまっちゃってダメだねぇ」
テニスは、躯だけではなく頭を使うスポーツだ。試合の行方はメンタル面に左右される。
サーブを打つ時、浅くするか深くするかでレシーバーの反応が変わってくる。まるでチェスのように、相手の行動の先の先を読み…ボールを打つ強さや落とす場所を考えるのだ。
それは、どちらが先に相手の性格や癖を見極め、ウィークポイントをうまく突くことにかかっている。それは…プロファイリングにも似ている。
(『キラ』は…幼稚で負けず嫌い)
(普通、勝負になれば誰だって普通は勝ちに行くものだろう?もし、先手を打って勝ちにいけば…『キラ』っぽい。もし…わざと負ければ…それも『キラ』であることを隠しているようだ)
(きっと、向こうも考えている筈。僕がLだと名乗ったことの意味を…)
ふたりの思考は既にテニスにはなかった。
試合を組み立てるテニスをしている間、ふたりの脳裏を渦巻いていたのは、いかにして相手の尻尾を掴むか。それだけだった。
「…!…」
アスランがラケットを振り下ろした次の瞬間、サイドラインぎりぎりのところにボールが跳ねる。
ラインに向かって走り、腕を伸ばしたヒビキだったが…届かない。
「ゲーム・セット! ウォン バイ アスラン・ザラ!」
がしゃりと音がして、受け止め切れなかったボールが一度コートをバウンドしてフェンスに当たった。
「…ザラくん、強いね」
はあはあと、肩で息を切らせ、ヒビキは言った。
「……」
既に四年ほど前の話とはいえ、アスランはジュニア・チャンピォンの腕前だ。それと互角に試合をすすめたヒビキも…只者ではない。
(こいつ…一体、何者なんだ?)
キラ・ヒビキというのはもちろん偽名だろう。最初に逢った日に、彼のプロフィールを調べてみたが…出てきたのはもちろん、アイドル、キラ・ヒビキの方のものばかりだった。
タオルで汗を拭きながら…アスランは考える。
自分はまんまと、彼の術中にはまってしまったのかもしれない。気付けば…彼のことばかりを考えている。
「ねぇ、ザラくん…」
『…そう呼ぶのは止めろ』
低い声で言えば、彼がぴくりと反応する。
後で考えてみれば…何故、そんなことを口にしてしまったのか分からない。
「…アスランでいい」
気付けば…そう言っていた。
** Comment **
デスノWパロです。
プレビューはちょっと甘めなんですけど、全体的に甘くはありません!
笑って、腹の底では探り愛、みたいなかんじです。
そして、けっこうアス×ミーアな表現がありますので、苦手な方はご注意くださいませ。
かなり予定より長くなってしまいましたが・・・とりあえず、書きたいことは全部書きました。満足。
2008.Aug
綺阿。
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