All My Loving


多島国家、オーブ首長国連合は赤道直下に位置する島国だ。
亜熱帯の気候帯にあたり、一年を通じてたくさんの花にあふれている。
長きにわたって続いた戦争が終わった後も、亡くなった人たちを悼むかのように花が咲いていた。


はらはらと、舞い落ちる薄紅。
それは彼の肩に、髪に降り注ぐ。
「…じゃあね。アスラン、元気で」
そう言って、満開の花の下、彼は俺に背中を向ける。
彼の細い肩にとまっている若緑色の小鳥が『トリィ』と小さく啼いて、青い空へと舞い上がる。
此処は月ではない。地球だ。
舞い散る花びらも同じ薄紅色だが、桜ではない。
そして、何よりも違和感を覚えるのは…プラントへ向かうのは自分ではなくキラだということ。
あの時とはちょうど逆だ。
もう二度と、キラを置いていくことなどないと誓ったのに…置いていかれるのは自分だった。


メサイアがギルバート・デュランダルと共に堕ち、愚かな戦争が終わった後…俺たちは一旦、オーブへ戻った。
七十一年戦争の折と違い、アーク・エンジェルはれっきとしたオーブ軍の戦艦だ。そして、キラも自分も純白の軍服を纏うオーブの正規兵だった。
モルゲンレーテのドッグへ船が係留されブリッジがかけられる。ひとり本国へ残っていたカガリは、クルーが船から降りてくるのを待ちきれず、自ら階段を駆け上がる。
「キラ!」
「わ、カ…カガリ!」
開かれたばかりのハッチから姿を現したキラは、びっくりしたような表情で、自分に飛びついてきた姉の激しい抱擁を受けることになる。
「おかえり!無事で…よかった」
今度こそ、モビルスーツを一機も失うことなく、クルーひとりも欠けることなく、無事に帰ってきた。
「うん。ちゃんと帰ってきたよ。…ただいま」
そう言ってにっこりと微笑むと、キラは姉の背中に手を廻した。
その背後に居たアスランやラクス、そして艦長であるマリュー・ラミアスとネオ・ロアノークも、ふたりの姉弟の姿を見守っていた。


戦争が終わったからと言って、すぐに平和な安定した世界が訪れる訳ではない。しばらくの間、国家元首であるカガリは地上を奔走していた。
しかし、軍部は…といえば、一応、緊急事態には備えていたものの、本来業務である戦争が終わってしまったため、基本的には暇だった。
が、休暇を取る訳にもいかない。(一応)トップであるキラは、おしきせの准将室に毎日出勤していた。


「アスラン、お茶」
マホガニーの豪華なデスクに、高い背もたれつきの革張りの椅子。机の上には、書類が積み上げられている。
キラの仕事はといえば、一番上の書類にブルーのインクの万年筆でさらさらとサインを書くことだけだ。
「…准将。こちらの書類、サインが抜けてますよ」
ひとつ溜息をついてアスランは手元の、書類を指先で叩く。
「え?書いたと思ったんだけど」
むむ、とキラは眉を顰める。
明らかに、軍の最高責任者としてはヌケたキラの態度に、アスランは副官としての仮面を脱いでいつもの口調に戻る。
「こっちだ。…相変わらずだな。おまえ」
アスランが指さすところに、サインを書き、キラは書類を副官兼恋人に手渡す。
「…アスラン、お茶!」
「分かった、分かった」
一応、アスランだって、一佐というれっきとした佐官なのだ。しかし、何故にキラのお茶くみをしているかというと、それには深くてつまらない理由があった。
オーブ連合首長国代表首長、カガリ・ユラ・アスハの弟が准将に就任して軍を率いると決まったとき、レドニル・キサカ一佐は彼の専任秘書を用意しようとした。
ところが、軍服姿や、パイロット・スーツ姿のキラのポートレイトが大戦中に出回っていたことが原因だろう。女性陣から希望者が殺到し、えらい騒ぎになってしまったのだ。
それをばっさりと断ったのがアスランだった。
元来、キラは甘えたれで世話をされるのに慣れすぎている。
(それは、幼い頃からアスランが世話を焼いてきたからにほかならないのだが)
いや、世話を焼いてやって、ようやく一人前なのだ。自分以外のほかの誰かが、彼の世話を焼くだなんて、冗談じゃない。
それに、忙しい時には家族よりも職場で顔をつきあわせる同僚の方が一緒に過ごす時間はよっぽど長くなる。
自分よりも、他の誰かがキラと長い時を過ごすということに耐えられなかった。
オーブ軍准将ともあろう者が、こんなに頼りない人間だと知れたらそれはそれで問題なんじゃなかろうか、だとか、キラとカガリの関係を深く詮索されたら困るから、などと、適当ないいわけをつけ、ちゃっかり自分が副官兼秘書に納まったのだ。
そんなわけで、アスランは公私混同甚だしい…いや、公私ともにキラとべったり一緒の、束の間の幸せな生活を噛み締めていた…筈、だったのだ。


『カガリとオーブをお願いね』


なのに、キラはそう言ってラクスと共にプラントへ行くなどと言い出したのだ。
上目遣いにそう強請られれば、それがどんなに我侭な願いだとわかっていても、適えてやりたい。そんな自分は相当、重症だと思う。
本当は、離れてなどほしくなかった。
しかし、つまらないプライドで、『行くな』というその一言が、どうしても言い出せなかったのだ。
白い軍服を纏ったキラがラクスの隣に寄り添うように立ち、ゆっくりと遠ざかっていく。
アスランはそれを黙って見送ることしか出来なかった。


** 中 略 **


「だいたいさぁー!」
どん、という音と共に、焼酎のお湯割りが入ったコップがテーブルに叩きつけられる。
「戦争が終わって、これからはずっと一緒だな、とか行っておきながら、半年経ってもキス止まり。同棲しよう、の一言も、愛してる、の一言もないって、どーゆーこと!」
「キラさん、声、デカいですよ…」
シンは慌ててキラの口を塞ごうとするが、既によっぱらっている上司は全く言うことを聞かない。
「うるさーい!」
頬をピンク色に上気させ、大きな目を据わらせたキラは、どっかーん、と爆発するとコップに入っている焼酎を一気飲みする。
「た…隊長!急性アルコール中毒で倒れても知りませんよ!」
あまりのピッチの速さについてきたルナマリアも青ざめる。
「あらー。キラなら大丈夫ですわ。以前、二人で朝まで飲んでも平気でしたもの」
からからと、その隣で笑うラクスはぱんぱん、と手を鳴らしてボーイを呼びつける。
「はい。なんでしょう?」
「ドンペリ一本」
にっこりと彼女は微笑み、シンの顔はひきつった。
既に、床にはワインやらシャンパンやらの瓶がごろごろと転がっているのだ。しかし、歌姫はまだまだイケるらしい。
これだけ飲んで見た目がほとんど変わらないのも恐ろしいが、今日の酒代がいくらなのかを考えると庶民派のシンは一気に酔いが醒める。
「お待たせしました」
「キラ?新しいのがきましたわよ」
そう言って、ラクスはキラの手から無骨な焼酎のお湯割りグラスをバカラのクリスタル・グラスにチェンジする。
ピンクのドンペリが満たされたグラスには、小さな気泡が細くあがっている。
「はい。シンさんとルナマリアさんも」
そう言って、ラクスはふたりにも同じフルート・グラスを渡す。
「かんぱーい」
グラスを合わせると、チン、というクリスタル独特の高い音が響く。
冷えたシャンパンは、散々飲み倒した後でも喉越しがよかった。
「離れる、って言ったらちょっとは行動に出るかと思ったんだけど…逆効果だったかな」
少しは頭も冷えたのだろう。
グラスをテーブルに戻し、しゅん、とキラは項垂れる。
「そのときは、わたくしがキラを幸せにしますわよ?」
全世界にファンが居る歌姫ラクス・クラインからの熱烈な告白にシンは仰け反る。
たとえるならば、五ツ星レストランのフルコースが据え膳になっているようなものだ。
しかし、それにキラは首を縦にしなかった。
「ありがとう、ラクス。でも…知ってるでしょ?」
ごめん、と申し訳なさそうにアメジストが伏せられる。
「…振られるのは、これで何度目かしら」
ふう、とラクスは大袈裟に溜息をついてみせる。
「でも、キラのことは大好きですの。だから、ちょっとだけ意地悪するのはお許しくださいね」
そう言ったラクスの言葉はキラに届いているのか。
キラはといえば、うつらうつらと船を漕ぎはじめている。
「隊長!」
起こそうとしたシンに、ラクスはそっと人差し指を唇にあてて制する。
「ちゃんぽんが効いたのか、あの朴念仁のせいなのか。眠らせてあげてくださいな」
そう言うと、彼女はそっとキラを膝に導く。
酔いつぶれたキラは、ラクスの膝枕ですうすうと安らかに眠っていた。



*Comment*

アスランお誕生日本、『All My Loving』です。
アスラン→オーブ、キラ→プラントの遠距離恋愛設定。
メイリン&レイ→オーブ、ルナマリア&シン→ザフトとなっております。

かなり気の強いキラと、押しの弱いアスランのコンビになっています。(苦笑)
もちろん、ラクスやカガリも絡んできます。
オフ本『輝夜姫』とはまったく正反対の、どたばたラブコメです☆
ずっとシリアスばっかり書いていたので楽しかったなぁ!

時事ネタなため、数量限定とさせていただきます。
イベント販売は、関西→10/28インテックス大阪、関東→12/29冬コミ(落ちた場合は、2/11デスラバ)のみ。
通販も一定数に達した段階で終了とさせていただきます。

2007.Oct

綺阿。


©Kia - Gravity Free - 2007