おまえの願いならば叶えよう。
たとえ、それがオレの望まないことであっても・・・。
「・・・ザフトへ戻るよ」
ぽつりと呟かれたそのアスランの決意は、言葉よりも先に、彼が纏っているザフトの軍服を見て分かっていた。
戦艦『ヴォルテール』。
イザークの率いるジュール隊の旗艦。
新たな任務に向けて軍港で補給中だったそのナスカ級の隊長室を訪れた人が纏っていたのは・・・紅の軍服。
「最新鋭機・・・セイバーのパイロットとして。そして・・・・」
二年前よりも少し伸びた宵闇色の髪が、その紅の肩口を飾っている。
イザークの目の前で、今まで握り締められていたアスランの掌がそっと開かれる。
彷徨っていたイザークの視線がそれに注がれた。
「・・・それは・・・」
優美なカーブで構成された、プラチナの透かし彫り。
アンティークとしても充分な価値のあるそれは、ザフトの軍人である彼らにはそれ以上の意味を持っていた。
昔、地球がまだたくさんの小さな国に別れていた時代、騎士が掲げたという百合を象った紋章にどこか似ているそれが意味するものは・・・『FAITH』。
『信念の証』だった。
「・・・『フェイスの証』・・・おまえ・・・」
アスランは再びそれを掌に握り締める。
ひんやりとした感触が、心までもを奇妙に冷ましてゆく。
「・・・俺はザフトに戻った。でも・・・俺が忠誠を誓うのは軍じゃない。国でもない」
同じザフトの軍人であるイザークは知っていた。
その印を与えられた者は、軍部の指揮系統を外れ、自らの信念のみに従って行動し、力を振るうことを赦される。
・・・それが、たとえ軍部の命に背くことであろうとも。
組織から切り離され、ただひとつの命のために動くその者は、自らが忠誠を誓ったもののためにのみ戦う、旧き時代の『騎士』のようだった。
「デュランダル議長がこれを俺に与えてくれた。自らの信じる正義のために戦え、と・・・」
「しかし・・・アスラン・・・」
イザークは知っている。
ザフトの軍人にとってそれはネヴュラ勲章以上の誇りだった。
まだ、ザフトが政治結社だった時代から、これを与えられた者は片手にも満たない。
しかし・・・イザークはまた知っている。
『信念の騎士』と呼ばれたその彼らが・・・華々しい名誉と引き換えに辿った凄惨な運命を。
『信念』のためだけに戦うことを運命づけられた騎士に、戦いをおりることなど赦されない。
・・・死が、彼らに訪れるまで。
「・・・確かにオレはおまえに『ザフトへ戻れ』と言った。でも・・・それはそんな意味じゃない」
過去の騎士たちは、皆、歴史書に記される激戦でその生命を散らせていた。
国のため、民のための盾となり、そして平和のための礎となり、彼らはその身を犠牲としたのだ。
平和な時代まで生き延び、天寿をまっとうした者などひとりも居ない。
アスランの行く道に待つあまりにも暗い未来に、イザークは拳を握り締める。
「分かっているのか!それを手にした以上・・・おまえはもう普通に生きることすら赦されない!」
「・・・分かってるよ」
ぽつりとアスランは呟く。
「君も・・・言ったじゃないか。イザーク。『おまえが出来ることをやれ』と。俺は・・・『アスラン・ザラ』は・・・まだこの時代には必要なんだろう?俺のことを求める人が居るというのであれば・・・俺はこの身を捧げるよ。もう一度・・・『戦争を終わらせるために戦う』だけだ」
「オレはっ!・・・・おまえにそんな枷をつけたいわけじゃなかった!!」
「・・・イザーク・・・」
激昂して叫ぶイザークに、驚いたような翡翠の瞳が見開かれ・・・そしてすっと細められた。
「ありがとう・・・でも・・・俺はもういいんだ」
それはすべてを赦した聖母のような・・・すべてを諦めた殉教者のようなそれだった。
「だけど、イザーク。ひとつだけ頼みがある」
微笑を浮かべたまま、その『願い』をアスランは言った・・・・。

©Kia - Gravity Free - 2004