荒涼とした大半は砂に覆われた大地も、春を迎えると確実に生命を育む。
新しい早緑があちらこちらに顔を覗かせる。
凍てついていた大地から重い外套を脱ぎ捨てた木々の梢に。
溢れる光は、優しく肌をなでる。
眠っていた全てが一斉に目覚め、光を求めて空を仰ぐ。


そんな季節に、旧いビルの住人がまた増えた。


「だって、可哀想じゃないか。こんなに小さいのに」
アスランは小さな『彼女』を抱き締める。
「・・・別に反対はしないけど。誰が面倒見るのさ」
およそ自分以外の存在にはかなりぞんざいなキラは、読んでいた呪文書から目も上げない。
導師らしく、新しい呪文の研究に関しては余念がないのだ。
随分長くなった亜麻色の髪をいじるのは、きっと本人は気づいていない彼の癖のひとつだ。
「もちろんアスランが世話するならいいんじゃない?」
相変わらず家政夫をやっているディアッカは少し遅めの三時のお茶を注ぐ。
キラに紅茶をすすめるその姿と着ている白衣はどうみても奇妙なアンバランスで、アスランはそれを見るたび、口元に笑みが浮かぶのをとめられない。
科学者の彼ならメスシリンダーで計った水をフラスコに入れてガスバーナーで熱するだろうか。
不思議なことに、ことおさんどんの分野になると、彼はそんな繊細さを忘れて途端にずさんになるのだ。
「分かったよ。キラがそれで良いなら」
「いいよ。彼女のやったことに全てアスランが責任もってくれるのなら、僕はそれで」
きっと、キラから彼女のとばっちりを受けるのは自分だな、と言う考えが頭を掠めたが、彼女をここに置くことに賛成してくれるなら、それもいいかと思いなおす。
今日のお茶受けは胡桃の入ったスコーン。
たっぷりとかかった蜂蜜が甘い匂いを辺りにふりまく。
それが先程から気になるのか、彼女はアスランに不平を漏らしている。
「おなかがすいてるんだよね?彼女もお茶はいかが?」
「きっとミルクのほうがいいと思う」
「そうだな。俺、取って来るわ」
ディアッカは隣のキッチンへと消える。
天鵞絨(びろうど)張りのソファに躰を埋めたキラは、相変わらず本に
夢中だ。
アスランはその邪魔をしないよう、最大限の注意を払って向かいのソファに腰を下ろす。
『彼女』は、というと、アスランの膝の上に落ち着いている。
旧い樫の時計だけが静かに時を刻む。その微かな音だけが響いていた。
「お待ちどう」
ミルクを持って、ディアッカが現れる。
「はい。どうぞ」
前にそれが置かれると、彼女は嬉しそうに目を細めた。
「それじゃ、新しい仲間に乾杯。・・・紅茶というのも、何か妙だけど」
ディアッカは目の高さに上げたカップを、アスランのそれに軽くぶつける。
そして、彼女のお皿にも。
「・・・一言いいかな」
それには参加しなかったキラが、深緑色をした革の表紙の本を閉じて、初めて二人のほうを見た。
傍らに、今まで読んでいた本を置いて、カップに白い指を延ばす。
「・・・さっき、彼女を此処に置くことに反対はしないと言ったけど」
じろりとアスランの方を見つめる。
「万が一、僕の呪文書で爪とぎでもしようものなら・・・絶対、許さないから」
刺のある綺麗な華のような微笑みを残して、彼はカップに薄い唇をつけた。
彼の言葉を聞いていたのか、彼女はお皿から顔を上げる。
『彼女』・・・黒い子猫の金色の瞳が、キラのアメジストとぶつかる。
暫くの後、彼女はふいと目を逸らした。
「・・・なんか腹立つ」
あからさまに、宣戦布告をつきつけられたような気がする。
キラは、ぶすりとスコーンに銀のフォークを突き立てた。



Metal Rose 〜後 編〜


*Comment*

とりあえず、プロローグ。
今回はけっこう話の展開が次々とあるので途中を掲載するわけにはいきませんでした・・・。(苦笑)
お話の設定は前編から続いていますが、多分これ1冊でもだいだい内容は分かると思います。

後編では、ラスティ、カガリ、ラクス、シン、レイなども登場します。
意外な人が意外な役どころだった利してね・・・・お楽しみください!
ひさしぶりに難産だった・・・・。(滝汗)


2006.Sep 綺阿。


©Kia - Gravity Free - 2006