コズミック・イラ七四年。
プラントと地球との間に再び起こった愚かな戦争。
ギルバート・デュランダルそしてロード・ジブリール。
両軍ともに将を失うことで戦争は終結し、世界は再び安寧を取り戻した。
情勢がおちつくまでの間、キラは姉、カガリの治める地上の国オーブに、そして、アスランはラクスと共にプラントへ身を寄せ、ふたりはしばらく離れ離れになって遠距離恋愛を続けていた。
アスランがプラントに帰ってから連絡を取ることすら出来なかった三年間を思えば、大した時間ではないのかもしれない。
けれど、何か楽しいことや悲しいことがあったとき、隣に彼が居なくてその想いを分け合うことが出来ないのは寂しいことだし、真夜中に突然声を聞きたくなったときに、相手の居る場所との時差を考えなければいけないのは辛い。
でも、今、世界はまだ大変な時で…自分たちがそんな些細な我侭を言っていられるような時ではない。そう思って、ふたりとも逢いたい時に逢えない距離を我慢してきた。



「…もしもし?」
少しだけノイズの交じる回線の向こうから、大好きなテノールが帰ってくるのを待つ。
こういう時、少しだけふたりの間の距離がじれったい。
「もしもし。キラか?」
彼の声が自分の名を呼んでくれると、酷く安堵する。
彼には絶対に教えてやらないけれど。
「うん。寝てた?」
「いや。まだ起きてたよ。キラは?」
「こっちはまだお昼だもん。休憩中」
キラはちらりと壁にかかった時計を見つめる。
もうすぐ一時になろうという時間だった。おそらく、アスランが見つめている時計もほぼ同じ時刻を指しているだろう。
キラの居る地球と、アスランの居るプラントとは、時計の針はほぼ同じだ。ただし、それは時計が十二時間単位で時間を刻む場合に限られる。二十四時間時計では無意味だ。
つまり…時間は同じだが、昼と夜が逆なのだ。
キラが家でくつろいでいる時間、アスランは仕事中であり、アスランがようやく軍務を終えて帰宅しようとしている頃には、キラは会議中だったりする。
おかげで、ただでさえ離れているというのに、電話すらかけるのが難しいのだ。
「…そうか。ランチ、何食べたの?」
「ん?今日はね…クラブサンドと、ポタージュ」
「…それだけか?」
相変わらず、おまえは食が細いな、とアスランは言った。
「ちゃんと、ポテトサラダもつけました!」
「トマトは食べたか?サンドのピクルスは?」
まるで、母親のようなその言葉に、キラはぷうっと頬を膨らませる。
「…あのね、僕、もうすぐ十九なんだけど。そんな心配しないでくれる?」
不機嫌そうにそう言えば、電話の向こうで笑う気配。
「そうだったな。悪かった。お兄ちゃん」
その言葉に、キラはかあっと頬を赤くする。
五月生まれのキラは、十月生まれのアスランよりも五ヶ月先に生まれている。
出逢ったころから、歳ごろよりもしっかりとした子どもだったアスランに、キラの母、カリダはしょっちゅう『アスランくんの方が後から生まれたのにお兄ちゃんみたいね』と笑った。
それが気に入らなかったキラは、ことあるごとに『自分の方がお兄ちゃん!』だと主張したのだ。
幼馴染兼恋人は、それをしっかり覚えていたらしい。
「…意地悪」
「そんなこともないつもりだが?」
くすりとアスランは笑う。今頃、電話の向こうで盛大に拗ねているであろう恋人を想いながら。
「…いーや。誰にでも優しいのに、アスランは僕にだけ意地悪だ」
それは愛情の裏返しなのだが、どうやらこの恋人には伝わっていないらしい。
「じゃあ、キラのお願いをひとつだけ、かなえてあげる」
アスランはそう言った。
「……」
恋人のその言葉に、キラは一瞬、言いかけた言葉を飲み込んだ。
きっと、こんな馬鹿なことを言ったところでアスランを困らせるだけだ。そう思ったのだ。
「…どうした?」
「…何でもない」
急にトーン・ダウンした恋人の声に、アスランは電話の向こうで首を傾げる。今日、電話をかけてきたのはキラの方だ。番号から見るに彼からの電話は、執務室のヴィジフォンだったようだが、自分の方は携帯電話なのでキラの顔が見えない。
「…キーラ?」
いつものようにそう呼んでみるがキラからの返事はない。
こういう時、ふたりの間の距離が、とんでもなくもどかしい。
「…どうしたんだ?キラ。顔が見えないから、言ってくれなければ分からない」
そう言えば、やっと回線の向こうから小さな声が聞こえてくる。
「…きっと、こんなことを言えば、君は呆れるよ」
「どんなことでも叶える、って言っただろう?」
その言葉に、キラは我慢できずに溢れてきた涙を拭う。
泣いていることがばれてしまえば、きっとアスランは心配するに違いない。
「……て」
「…え?」
電話が遠くて聞き取れない。アスランはもう一度言ってくれ、とキラに請う。
「今すぐ…僕を抱きしめて」
「……」
「今すぐ…きみに逢いたい」
それは、言ったキラ自身が無茶だと分かっている願いだった。




**Comment**

2006年10月発行の[You're My Only Shining Star]、2007年10月発行の[All My Loving]、そして2008年3月発行の[嘘と毒薬]のコピー本3冊の再録集+書き下ろしです。
別に、遠距離恋愛をテーマにした訳ではなかったのですが、なぜだか全部そうなってました。(笑)おかしいな。

↑は、その書き下ろし[Long Distance Call]の冒頭なのですが・・・・短い話を書くのが苦手な自分にしては、わりと短いページ数でまとまった話だな、と思います。
子供みたいなワガママを言うキラが可愛いです。アスランでなくてもメロっとくると思います。(笑)


2008.04.20 綺 阿



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