夜更けにコンコン、と自室の扉をノックする音。
「…どうぞ」
そういえば、かちゃりという音と共にドアノブが廻される。
「…アスラン。いい?」
扉の隙間から顔をのぞかせているのは、キラだった。
机に向かって課題のレポートを書いていたアスランはくるりと椅子を回転させる。
「どうした?」
「うん。…ちょっと」
そう問うが、キラは入り口のところでもじもじとしたままだ。
「…入れよ」
そう誘えば、キラの顔がぱあっと明るくなる。
「うん。お邪魔します」
キラはぱたりと後ろ手に扉を閉めた。
一般家庭の住宅事情よりもかなりゴージャスなザラ家だが、アスランの部屋にソファはない。席をすすめようとしたが…失敗に終わり、アスランは仕方なくベッドに移動した。
「どうぞ」
「…うん」
キラはぽすりとアスランの隣に座ると、彼の肩にこてんと首を傾ける。その重さはアスランにとって不快なものではなかった。
「…どうしたんだ?」
「ちょっと甘えてみたかっただけ」
そう言って、キラはするりとアスランの首に腕を廻す。
「なんだそれは?」
キラの意図がよく分からず、眉を寄せる恋人にキラはふふ、と微笑みかける。
「こういう時、兄弟って便利でいいね」
悪戯っぽく笑って、彼はアスランの唇に自分のそれを重ねた。
自分よりも体温の少し高いキラ。その柔らかな唇を感じると同時に、誘うように舌で唇を舐められる。
「……」
一瞬、躊躇したアスランだったが、緩く唇を開けば即座にキラの唇が忍び込んでくる。
「ふ……ん…」
アスランの首の後ろに手を廻し、キラは一層深く口付けを強請る。
さきほどよりも強く舌を絡めてやれば、キラの躯がぴくりと反応する。自分から誘ってきたくせに、こういう男に慣れない様子が可愛い。
「……あ……ぁ…」
少しずつ深くなってゆく口付けにキラは必死で応じる。その、少し鼻にかかった甘ったるい声に煽られる。いつの間にか、隣に座っていた筈のキラの躯は自分の膝の上におさまっている。
その細腰を抱き寄せたところで…アスランはふと気づく。自分の部屋の隣はシンの部屋だ。そして、もれなく階下には両親が居る。
部屋の扉には鍵がかかっているわけではない。万が一、誰かが扉を開ければ…。
「…此処までだ」
ちゅ、という音を残して恋人の唇が離れてゆく。
「…分かってるよ」
意地悪、と唇を尖らせながらキラは言った。
キラとしては、こんなにかっこいい恋人が居ることを、全世界に自慢してやりたいと思っている。けれど…自分はアイドルだ。さすがに恋人が出来たと公言してしまっては、多方面で支障がでる。
芸能レポーターたちにも追い回されるハメになるだろう。それは、その相手も同じことで…芸能人でも何でもない、一介の大学生であるアスランにとってはもっと迷惑でしかないだろう。
「…アスラ…」
その時…不意にアスランの扉をノックする音が響く。不意のことにふたりはびくりと躯を震わせると、慌てて離れてベッドの端と端に座る。(よくよく考えるとこの方がよほど怪しいが、ふたりはそれに気づいていない)
「はい?」
思わず上擦りかけた声を抑え、アスランは返事をする。
「あ、アスランくん?遅くにごめんなさい。キラは居るかしら?」
それは、キラの母、ヴィアの明るい声だった。
「あ、はい」
「やっぱりここだったー。お部屋がもぬけの空だから、何処へ行ったのかと思ったの。兄弟仲良くしてくれて嬉しいわー」
無邪気にそう笑う母親の声に、アスランは胸がちくりと痛む。
「キーラ。ねぇ、母さんが持ってきたパールのネックレス、どこに入れたか覚えてる?」
結婚式を翌週に控えた週末、ヴィアとキラが正式にこの家に引っ越してきた。しばらく一人暮らしをしていたキラはともかくとして、ヴィアが海外から持ち帰った荷物はかなりの量で…その荷解きにキラは借り出されていたのだった。
「覚えてるよ。チェストの一番上の引き出しに入れたでしょ?」
「え?そうだったかしら?」
「…入れたの、僕じゃなくて母さんだよ。…どうせ、他にも分からないものあるんでしょ?…分かったよ!探すの手伝うから!」
もう、と言いながらキラは立ち上がる。
「…あの調子じゃ、見つけられないだろうから…行ってくるよ」
「似たもの親子だな」
そう言って、アスランはくすりと笑う。キラだって、なくしものは大得意だ。この家に来てからの短い間、何度も家の鍵がないだの、台本がないだの言っては大騒ぎしたことがあったのだ。
「…それは余計」
「悪かった。…おやすみ」
そう言ったアスランをくるりと振り返ると…キラはまだベッドに腰かけたままの恋人の唇を奪う。
「…な!」
ドア一枚隔てたところには実の母親が居るというのに、大胆不敵な。そんなことにキラはまったく頓着していないようだ。
「…おやすみのキス。じゃあね!」
さすがに母には聞こえないようにアスランの耳元で囁くと、キラは部屋の扉を開く。そこには、考え込むような表情のヴィアが居た。
「ほんと、しょうがないなー母さんは」
「あら、キラに言われたくないわ。アスランくん、お話中ごめんなさいね。キラを借りるわ」
新しい息子の部屋を覗きこむと、ヴィアは手を合わせる。
「いえ。大丈夫ですよ」
「じゃあね、おやすみ。アスラン!」
そう言ってキラは手を振る。
「…おやすみ」
ぱたりと閉じられた扉。
これまで、しばらく父は家を空けていたためふたりの関係がばれないように注意を払うのは弟のシンだけでよかった。しかし、今度からは父親だけでなくキラの母親のヴィアとも同居することになるのだ。
どうやら、キラは単純に兄弟だから一つ屋根の下、一緒に堂々と暮らせる、と安直に考えているようだが、アスランにとってはそうではない。
「…仲良く…ね…」
アスランはぽつりと呟く。
確かに、自分とキラは『仲が良い』。しかし、その関係はシンとキラの『仲が良い』とは少々事情が異なる。
「…びっくりするだろうなぁ。実の息子と義理の息子が…」

―――躯の関係も込みの、恋人同士だなんて。

「……」
さすがに、これが両親にばれたらただ事ではすまないに違いない。

『…アスラン、だいすき』

外国育ちだけあって、キラの感情表現はストレートだ。アスランにも、いつも自分の気持ちを直球でぶつけてくる。
それはとても嬉しいことだが…ふたりの関係を隠しておかなければいけない今の状態ではとても辛い。
「俺も…好きだよ」
そう呟いたアスランは、唇に指を当てる。そこにはまだキラのぬくもりが残っているような気がした。


** Comment **
ラブコン続編です。気付いたら出てました。(笑)
けっこう時間がなくて、前の巻で美味しい設定を活かしきれなかった反省もふまえて・・・・がんばりました。
どたばたラブコメです。今回もシンちゃんは振り回され役です。
お楽しみいただけると嬉しいです。

2008.Aug

綺阿。


©Kia - Gravity Free - 2008