この[力]で・・・すべてを護りたい。
そのために、僕は此処に居る。
『おまえのおかげで戦場は混乱し、いらぬ犠牲も出た』
『復隊したんだ。今更・・・戻れない』
『自分だけが分かったような奇麗事を言うな!おまえの手だって、もう既に何人もの生命を奪ってるんだぞ!』
『理解はできても・・・納得できないこともある。・・・俺にだって』
茜色に染まるクレタの夕暮れ。
時に漂白された遺跡の列柱と真紅のモビルスーツは、酷く不釣合いだった。
「・・・アスラン」
投げつけられた言葉を想い出しながら、キラは、恋人の名を呟く。
アーク・エンジェルの自室にあるベッドに寝転がり、瞳を閉じていても、脳裏に浮かぶのは苛烈な怒りに燃え上がった翡翠の瞳だけだった。
恋人がザフトに復隊していることを、キラは全く知らなかった。
―――当然だ。
キラ自身もオーブを出てしまい、アーク・エンジェルと行動を共にしていたのだ。連絡など、取りようがない。
アスランにプラントへ行くことを勧めたのは自分だ。
けれど、それはデュランダルと話をするためであって、まさか彼がザフトへ戻ることを選ぶとは思わなかった。
離れたのは物理的な距離だけだと思っていた。
でも、逢わないうちに、どうやら心まで離れてしまったらしい。
「・・・僕たちは、また討ち合うのかな」
その声は、酷く掠れた弱々しいものだった。
『討ちたくない。・・・討たせないで』
そう言った、自分の言葉の意味を、アスランは本当に理解しているのだろうか?
かつて、本気で殺し合った時の痛みを、慟哭を、まだ覚えている。
互いに違う陣営に属すモビルスーツのパイロットであるならば・・・戦場でまた出逢うこともあるだろう。
『撃つ』だけならばいい。
互いに、それなりの腕を持つパイロットだ。
相手の癖も知り尽くしている。
一方的にやられるつもりなどない。
けれど・・・もし・・・『敵』としてまみえ、『討つ』ことになれば?
キラは、寝返りをうつと、枕に顔を埋める。
「ごめんね、アスラン。相手が君だとわかっていても、もう・・・僕は闘うことを止められない」
くぐもった声が、暗闇に響く。
その闇は、彼の髪と同じ色だ。
キラにとっては、愛しい、優しい色。
「もう・・・待ってはいられないんだ。たとえ君でも・・・邪魔するなら容赦はできない」
キラは低い声で呟いた。
「・・・ねぇ、アスラン。君なら、世界と僕、どちらを選ぶ?」
此処には居ない恋人に問いかける。
優しい彼は、おそらく、自分を選ぶだろう。自惚れではなく、キラはそう思った。
「僕は・・・・君を選べない」
キラには分かっていた。
いくらアスランのことを愛していても、彼を選ぶ訳にはいかないのだ。
『最高のコーディネイター』である自分にはとてつもない『力』が与えられている。
それを自分の私欲のために使えば、ただの独裁者だ。
それだけは、選ぶ訳にはいかなかった。
「こんな僕は・・・恋人失格だね」
寂しそうにつぶやいた言葉を聞く者は誰も居なかった。
耳元を離れない、雨音。
あの日、空を引き裂いた雷鳴はない。
けれど・・・僕らはまた、剣を交えることになる。
自分の、白と蒼を基調としたカラーリングの機体。
そして、アスランの真紅の機体。
まるであの日のようだと、キラはぼんやり考える。
イージスの自爆に巻き込まれ、『死』を覚悟したあの刹那を思い出す。
あの時・・・確かにキラは死んでもいいと、そう思ったのだ。
もう、アスランと戦わずに済むのならば、死んでもいいと。
しかし、今は状況が違う。
アーク・エンジェルには、カガリが居る。
そして、モビルスーツは、自分のフリーダムとカガリのストライク・ルージュの二機しかない。
自分が負ければ、それはすなわち、アーク・エンジェルの、そしてカガリの負けを意味するのだ。
そんなことは絶対に出来なかった。
「戻れと言った筈だ!撃ちたくないと言いながら、どうしておまえは戦場に居る!」
苛々とした恋人の声が、通信回線越しに聞こえる。
先日、黄昏に染まるクレタの遺跡で会話した時と同じことをアスランは繰り返した。
どうやら、自分の方が折れるつもりはないらしい。
「分かるけど・・・君の言うことも分かるけど・・・」
キラはぎゅっと手を握り締める。
自分だって、何をどうすればいいのか、まだよく分からない。
「カガリは『今』泣いてるんだ!こんなことになるのが嫌で、今、泣いているんだ!それが・・・どうして・・・君に分からないの?」
離れていたとしても想いは同じだと、そう思っていた。
それは、自分の思い上がりだったのだろうか?
プラントへ行けばいいと、背中を押したのも確かに自分だ。
けれど、それは、ザフトへの復隊を願った訳ではない。
こうやって、また別の陣営に分かれて戦う未来が分かっていたのならば・・・あの時、止めた筈だ。
「なら・・・この戦闘も、この犠牲も・・・仕方のないことだって・・・すべてオーブとカガリのせいだって・・・そう言って君は討つのか?今、カガリが護ろうとしているものを!」
「キ・・・ラ」
思いつめたアメジストに、苛烈な焔が宿る。
ここで、退く訳にはいかないことだけは理解していた。
自分の為ではなく・・・カガリのために。
「なら・・・僕が・・・僕が、君を討つ!」
フリーダムを反転させ、キラはセイバーに向かってゆく。
一度、切り結んだと思ったのも束の間。
フリーダムの左手に握られたビーム・サーベルがセイバーの右手を斬りおとす。
それから先・・・自分が、どうフリーダムを操ったのか、キラはよく覚えていない。
心に想ったのは、カガリのために、負けられないということ。
けれど・・・アスランに、わずかな傷もつけたくないということ。
我に返ると、四肢を斬りおとされた真紅の機体が、バラバラになって海へと落ちていった。
コックピット・ブロックが海面へぶつかり、大きな飛沫が上がる。
「アスラン!」
思わず、叫んでいた。
キラは、ぎゅっと自分の手を握り締める。
―――大丈夫。
自分が外す訳がない。
想い人をターゲットにしていても、正確無比な容赦のない攻撃を行う自分の頭脳に辟易する。
海面に漂うセイバーの破片。
おそらく、ほぼ同時に両腕と両脚のパーツに攻撃を仕掛けたに違いない。
アスランは優しい人だ。
おそらく、自分が本気でセイバーを壊しにかかってくるとは、思ってもいなかったに違いない。
だから、反応が遅れたのだろう。
「・・・・・・アスラン」
ただ、彼の無事を祈りながら、キラは淡々と戦場に点在するモビルスーツの攻撃を加える。
七色の光を放つレーザーに機体は次々と貫かれ、戦闘不能に陥っていった。
5巻、キラメインの[Before The Dawn]から一部を抜粋しました。
Destiny's Cildrenの3巻に収録している、アスランとクレタの夕陽の中での再会シーンを、キラが回想しています。
少し間をとばして、後半はダーダネルスでのセイバー撃墜シーンです。
両方、3巻ではアスラン視点で書いていたんですが、こちらではキラ視点で書いています。
ふたりの意図の決定的な違いが、『うつ』という言葉の意味の取り違え、です。
キラは『討つ』、アスランは『撃つ』だと思っています。
実は、これはあたしが本編を見たときに「これってどっちだろう??」と思ったところからはじまっているのですが。(笑)
キラは容赦なくセイバーを切り刻んでますよね。そこから思うに、彼はアスランの機体を『討つ』覚悟をしていたのではないかと思ったのです。
一方、アスランは『撃ってくるだけ』だと思っているので対応がマズかった・・・と。
(4巻でもアスランが回想しているシーンがあります。『討つ』になっていますが、本当は『撃つ』の間違いです。すみません・・・。)
そういうところを、今回は書いてみました。
ダーダネルスの戦闘シーンは、WebでSSとして掲載している『戦場への帰還』を再録しています。
この部分は、何らかでオフ本に収録したいと思っていたのですが、DCにうまくハマったので、こちらに収録させていただきました。ご了承ください。
この巻は、[Ray of Light]も[Before The Dawn]も運命前半の回想シーンが多くなっています。
レイ視点、キラ視点ということで、1〜4巻とは違った目で見ていただけると嬉しいです。
アスランも後半はけっこう出ていますので。(笑)ご心配なく。
予定どおり、AAが宇宙へ上がるところで終わっています。
2006.Dec 綺 阿
©Kia - Gravity Free - 2006
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