この[力]を・・・
オレは何のために使うのだろう?

「・・・卒業式には行けなくてすまない」
「いえ。お仕事ですから、仕方がありません」
久しぶりにヴィジホンで通信をかけてきた養父に、レイは淡く微笑む。
「約束どおり、首席卒業です」
「ああ。よく頑張ったね」
張り出された卒業試験の一番上にあったのは、レイ・ザ・バレルの名前。
レイはアカデミー在学中、常に学年首席の成績で、卒業を迎えたのだ。
「そういえば、君に謝らなければいけないことがある」
「何ですか?」
「・・・インパルスのことだ」
瞳を曇らせ、デュランダルは告げた。
「本来、学年首席である君が、インパルスのパイロットになるべきなんだろう。しかし・・・適性検査の結果、インパルスと最も相性がよかったのは・・・学年七位のシン・アスカだった」
「・・・分かっています。彼のモビルスーツ・パイロットとしての腕は認めますし・・・彼には、モビルスーツ戦闘では負けていますから」
パイロットとして、最新鋭機を与えられなかったことは屈辱だったが、それを決めたのがデュランダル自身であるとすれば、仕方がなかった。
それに、学年首席のレイとはいえ、すべての教科において一位だったわけではない。
モビルスーツ戦闘や、ナイフ戦闘と言った、実戦に伴う教科においては、シンの成績がレイの成績を上回っていたのだ。
・・・最も、普段は中の上だったシンが、卒業試験の総合七位につけただけでも快挙である。
それが、他の教科をレイが教えてやったからにほかならないことは、シンとレイの当事者ふたりと、それにつきあわされたルナマリアの三人しか知らない。
ともあれ、三人そろってトップ一〇に入り、めでたくエリートの証であるこの紅の軍服を得ることが出来たのだ。
「よく似合っているよ」
モニターの向こう、養父が満足気に微笑んでいる。
それは、少しくすぐったく、誇らしくもあった。
「・・・ありがとうございます」
レイは短く謝礼を告げる。
これから、正式なザフトの兵士として、はじめて上官へ挨拶することになっていた。
「あぁ、もう、そろそろ時間だね」
時計を見る。
確かに、そろそろ此処を出なければ約束の時間に間に合わない。
「はい。ギル・・・行ってきます」
「ああ。気をつけて行っておいで」
橙色の瞳を猫のように細め、デュランダルはモニターから消えた。
今、鏡に映る自分の姿。
それを、レイはじっと見つめる。
紅のザフトの軍服を纏い、肩をプラチナ・ブロンドの髪が飾る。
じっと見つめるアイスブルーの瞳も・・・。
―――すべてが『同じ』。
「・・・ラウ」
今はもう、この世界の何処にもいない人の名を呟く。
「あなたと同じ・・・軍服です。オレは・・・あなたの仇を討ちます」
ぎゅっと握り締められた小さな手。
レイは、瞳を閉じ、早くに逝ってしまった人を想った。
「なぁ、ルナ。オレの服、おかしくない?」
「はいはい。おかしくないわよ。何度同じことを聞くつもり?」
プラントの中心、アプリリウス市にあるザフトの本営。
そこにシン、レイ、ルナマリアの三人は向かっていた。
モビルスーツ・パイロットであるこの三人は、新造戦艦[ミネルバ]への配属が決定されていた。
今日は、その上官に初めて挨拶に行くことになっていたのだ。
「もう、オレ、昨日から眠れなくてさー!」
「授業中に居眠りばかりしてたあんたの言葉とは思えないわね」
呆れたようにルナマリアが言う。
女性ながら、トップ一〇に入っていた彼女もまた、レイやシンと同じ紅服を纏うザフトのエリートだ。
シンとレイがつるむようになってから、二人の周囲を取り巻く空気がなんとなく変わった。
それまで、ふたりが醸し出していた、他人を寄せ付けないオーラが軽減されたのだ。
そんな時、二人に何かと世話をやくようになったのが、クラス委員をしていたルナマリア・ホークだった。
彼女は元々面倒見がいい。
ふたりとクラスメイトたちの間に入り、コミュニケーションが円滑になるようにしてくれたのだ。
実は、シンは人懐こい性格だったらしい。
そのため、卒業する頃には、シンやレイにも何人かの親しい友人が出来ていた。
もう、彼らに近寄りがたいというクラスメイトも居なかった。
「ほら、襟はちゃんと止めて!」
まるで、姉のようにルナマリアはシンの制服の詰襟を止める。
かっちりとした格好が苦手らしいシンは、アカデミーでも制服の詰襟を閉じず、しょっちゅう教官に怒られていた。
「・・・おまえ、スカート短くね?」
「煩いわね!短い方が機動性高いのよ!」
シンとレイは、紅のロングジャケットにパンツ、白いロングブーツという、スタンダードな格好だ。
一方、女性であるルナマリアは、パンツのかわりにピンク色の超ミニのプリーツ・スカートをはいていた。
ブーツの下は、ニーハイソックスである。
「いいじゃない!女の子は服装の規則がユルいのよ」
これまでのザフトには、女性の軍人は少なかった。
そのため、女性の制服については細かい規程がないのだ。
ジュール隊に所属するシホ・ハーネンフースのように、男性と全く同じものを着用する女性も居たが、ルナマリアのようにスカートを着用する女性も少なくはなかった。
「ふたりとも。着いたぞ」
レイの声に、ふたりは我にかえる
約束していた士官室は、目の前だった。
「失礼いたします」
ノックをすると、中から声が聞こえる。
「お入りなさい」
その声に、シンは「え?」と目を見開く。
ためらいなく、扉を開いたレイは、部屋へと脚を踏み入れる。
重厚なデスクには、白い隊長服を纏った人がいた。
「・・・あなた」
部屋に入ってきたレイの姿を認め、驚いたように上官の瞳が見開かれる。
「し・・・失礼しますっ!」
レイの後に、シンとルナマリアが続く。
明らかに、緊張した面持ちを見せるこれから部下となる少年と少女に、上官は微笑む。
「緊張しなくていいわ。初めまして。私がミネルバ艦長、タリア・グラディスです」
すっと、席を立つと、彼女は三人の前に歩みを進める。
「レイ・ザ・バレルと申します。よろしくお願いいたします」
レイは、改めて目の前の上官を見つめる。
彼女とレイは、旧い知り合いだった。
けれど、記憶の中の彼女は、いつもくつろいだ格好だった。
こんな風にザフトの白い軍服を纏う彼女を見たのは初めてだ。
「初めまして。よろしくね」
彼女は微笑んで手を差し出す。
その、細い手をレイは握り返した。
「あー緊張した!艦長って、女だったんだな!オレ、びっくりしたよー」
部屋を辞すると、シンは、とたんにいつもの調子に戻る。
「・・・向こうもびっくりしてたみたいよ。あんたの礼儀のなってなさに」
ルナマリアは、シンの不調法を嗜める。
「えーっ!そんなことないよ!オレ、ちゃんとしてただろう?」
「・・・どうかしらね」
ルナマリアは溜息をつく。
自由奔放なシンに、何かにつけて世話を焼くルナマリア。
このふたりは、まるで姉弟のようだ。
くすりとレイは笑う。
「あっ!そうだ。折角、ここまで出てきたんだからさー。新しく出来たっていうアミューズメント・パーク、寄ってかね?」
「えっ?でも・・・制服よ?」
「構わないよ。仕事は明日からだろ?」
「まぁそうだけど・・・・レイも行く?」
「いや。オレはいい。先に帰っているよ」
「そう。分かったわ」
元々、レイは騒々しい場所を好まない。
それを、シンもルナマリアも熟知している。
それゆえ、無理強いはしなかった。
「・・・待って」
ふたりと別れた後、呼び止めた声に振り返る。
其処に立っていたのはさきほど本営で出逢ったばかりの上官、タリア・グラディスだった。
「あなたと・・・少し話がしたいの」
そう言って、彼女は近くのホテルのカフェにレイを誘った。
「ギルバートは・・・元気にしている?」
「アカデミーの寮に入ってからは、家を出てしまいましたので、あまりお逢いしておりませんが・・・お元気だと思います」
「・・・そう」
彼女は瞳を閉じる。
実は、タリアとレイは、さきほど初めて顔をあわせた訳ではない。
ずっと以前・・・ある場所でしょっちゅう逢っていた。
ある男の家で。
「戦後初に新造された大型宇宙船の艦長に私をだなんて・・・どうしてかと思っていたけれど、今日、その理由が分かったわ」
タリアはまっすぐにレイを見つめる。
「この船に・・・あなたを乗せるためだったのね」
「・・・・・・」
直接的に、デュランダルから聞いた訳ではない。
しかし、最前線に立つことになったのは、単にアカデミーでトップの成績を修めたからだというだけではないことをレイも悟っていた。
おそらく、デュランダルは情報が欲しいのだ。
彼の耳となり、目となり、本国で動けない彼のために、情報を送ること。それが、レイに課せられた使命であるに違いなかった。
「・・・大きくなったのね」
ふわりと、降ってくる手と、甘い香り。
それは、レイにとってはとても懐かしい香りだった。
まだ自分が幼かったあの頃から、彼女は香水を変えていないようだった。

5巻、レイメインの[Ray of Light]から一部を抜粋しました。
アカデミー卒業後、レイ、シン、ルナマリアがミネルバ配属となり、はじめてタリアに逢うシーンです。
が、しかし、レイとタリアは旧知の間柄で、初対面ではなかったのですが、タリアはそ知らぬ顔でレイに『初めまして』と挨拶をします。
そのくだりを抜粋してみました。
実は、けっこうギル×レイなので、苦手な方はご注意ください。
ギルを挟んで、タリアとレイの三角関係がかーなーり出てきます。
この3人の人間関係については、もうちょっと原作で掘り下げて欲しかったなぁ。残念で仕方なかったので、自分で勝手に掘り下げてみました。
もう、このエピソードに関しては、89%くらい捏造です。ご注意を。
ちなみに、タリアさんの香水のイメージは、ゲランのサムサラです。
どこかで書いたかもしれませんが、あたしはあまり香水が好きではないし、詳しくもないのですが。
レノアさんの香水はシャネルのアリュール、フレイの香水はランコムのトレゾア、ミーアはディオールのドルチェ・ヴィータ、ミリィはクリニークのハッピーのイメージです。
なぜかラクスとカガリには香水のイメージがないです。(苦笑)
そして、男性キャラではなーぜーかアスランだけ、ブルガリのプールオムのイメージが・・・。(笑)
本当は一番つけてなさそうなんだけどな。
かく言う綺阿自身は、最近あまりつけていませんが、長年、エスティ・ローダーのビューティフルとアナ・スイのアナ・スイを愛用しています。(どうでもいい)
2006.Dec 綺 阿
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