この[力]は・・・
今度こそ、君を護れるだろうか?

「・・・ぁあ」
苦しそうな呻き声。
ずっとベッドサイドについていたキラは、心配そうにその顔を見つめる。
ふるりと長い睫が震え、待ち望んでいた翡翠が姿を現した。
「・・・アスラン。・・・アスラン」
ぼやけた視界に少しずつ焦点があっていく。
そこには・・・恋人の柔らかな微笑みがあった。
「・・・キ・・・ラ?」
その笑顔に、インパルスがフリーダムを貫いたシーンがフラッシュバックする。
慌てて身を起こそうとしたアスランは、その瞬間、体中を襲った激痛に呻く。
「ぐぁっ・・・」
「動かないで」
それをキラは優しく制し、再びアスランの躯をベッドへ横たえる。
「・・・おまえ・・・死んだ・・・」
キラはフリーダムと共に、海へ沈んだ。
何度も否定したが、絶望を完全に打ち消すことは出来なかった。
躯が弱っているからだろうか。
アスランは、目の前に居るキラが幻ではないと、すぐに信じることが出来なかった。
「大丈夫だよ、アスラン。君、ちゃんと生きてるから」
もう一度、キラは微笑む。
「俺は・・・どうして・・・」
まだ、麻酔が完全には切れていないのだろう。
ぼんやりとアスランは問う。
「キサカさんが連れてきてくれたんだ。本当に・・・びっくりしたよ」
額と腕に包帯。
左腕には点滴の管が刺さったままだった。
隠されてはいるが、脚や背中も酷い有様だった。
「・・・よかった」
キラの表情が緩み、ふっと笑顔が浮かぶ。
その、すみれ色の瞳に心が溶かされる。
「アスラン・・・おかえり」
自分の名を呼ぶ甘い声に・・・ようやく『還ってきた』のだと気づかされる。
「・・・キラ」
枕元の椅子にずっと座って意識が戻るのを待ってくれていたのだろう。
自分の上に上体をかがめ、覗き込むように顔を見ているキラを抱き寄せたいと思うが、手が動かない。
「・・・痛っ!」
無理やり動かそうとすると、右肩に激痛が走る。
「だめだよ。ムリしないで」
慌ててキラが動きを制する。
どうやら、自分の怪我は思った以上に酷いようだった。
「パイロット・スーツも着ずにモビルスーツに乗って撃墜されたんだから・・・」
もう、こんなに心配させるのは止めてよね?とキラは苦笑する。
「メイリン・・・は?」
聞き覚えのない名前に、キラの眉が一瞬寄せられる。
が、すぐに、アスランと共にザフトからやってきた少女だと理解したのだろう。
今は、アスランを安心させるために笑顔をうかべる。
「彼女なら大丈夫だよ。君が庇ったんだろう?今は眠っているけど・・・君よりは全然元気」
「・・・そう・・・か。よかった」
安堵の息を吐く恋人を見つめるキラの胸にちりりと痛みが走る。
彼女の存在が気にならないといえば嘘だった。
けれど、それを面と向かって聞くのは怖い。
わざとキラは会話をすりかえた。
「少し眠って?」
キラはシーツを引き上げる。
「僕たちは、また話せる。・・・何時でも」
もう、別の陣営ではないのだ。撃ち合うこともない。
キラは柔らかな微笑を浮かべる。
「傍に・・・居てくれないか?」
珍しく、気弱なことを言うアスランに、キラは小さく頷く。
「うん。夢を見るまで居てあげる」
自分を置いて、ひとり故郷へ帰ってしまった薄情な恋人。
けれど・・・それでも、とても愛しい人。
仕方ないね、と、いつもならばアスランが言う科白を言って、キラは再びベッドサイドへ腰掛けると、投げ出されたままのアスランの左手に指を絡めた。
「・・痛っ!」
少し躯を動かすだけで、激痛が走る。
ベッドの上で、アスランはシーツに爪を立てる。
「だーいじょうぶか?」
その時、不意に隣のベッドからかけられた声に、アスランは驚いたように顔を上げる。
どうやら、この部屋は相部屋だったらしい。
昨日は、ふたつのベッドの間にカーテンが引かれていたので気づかなかったのだ。
「っ・・・少・・・佐?」
よく見知った顔は、少しだけ様相を変えていた。
短かった髪が肩よりも長くなり、顔を大きな傷が走る。
「あなた・・・生きて・・・」
三年前の戦争。
彼が、アーク・エンジェルの盾となり、搭乗していたストライクごと宇宙に消し飛んでしまったことをアスランは人づてに聞いただけだった。
自分だって、キラだって、一度は死んだと思ったが、こうして生きている。
フラガが生きていても、不思議はないと、そう思ったのだ。
しかし、アスランの言葉に、ブロンドの男は不機嫌そうに眉を顰める。
「一体、どうなってんだ?この船は。おまえさんもオレのことをそう呼ぶのか?大佐だよ。た・い・さ」
「・・・?」
「・・・まぁ、どうでもいい」
アスランがムウ・ラ・フラガだと誤認している男、ネオ・ノアロークは言葉を切る。
その時、アスランは枕元に何かがちらかっていることに気付く。
そこには・・・キラがうつ伏せになって眠っていた。
その鳶色の髪に指を絡めると、まっすぐな髪はさらりと指から逃げた。
「さっきまで起きてたんだがな。疲れたんだろう。おまえさんが運ばれから、ずっと傍についていたからな」
「・・・え?」
その言葉に、アスランの翡翠が見開かれる。
「・・・キラが?ずっと・・・俺の傍に?」
キラはこの船の中心に居る人物だ。
ブリッジを長時間離れていい訳がない。
しかし、どうやら彼は、ずっと眠っている自分についてくれていたようだった。
恋人の想いの深さに、アスランの胸は熱くなる。
「こんな戦場で、自分以上に想ってくれる人が居るってのは幸せなことだ。親友なんだろ?・・・大切にしてやるんだな」
「・・・ええ」
アスランは頷いた。
「・・・ところで、小・・・いえ、大佐は・・・キラの出生のことを・・・知っていますか?」
その質問に、男は眉を顰める。
「・・・?知るわけないだろう?俺は、ロシア平原でこの船に拾われたんだ。敵軍の兵士に、自分たちの将の秘密をリークするバカがいるか?あ・・・いや、居そうだがな。この船ならば」
「・・・敵軍?」
今度は、アスランが眉を顰める番だった。
「おまえ、知らないのか?オレは、ネオ・ノアローク。地球連合軍特殊部隊[ファントム・ペイン]指揮官だ」
「・・・え?」
アスランは翡翠の瞳を見開く。
「・・・ネオ・ノアローク?」
「ああ。そうだ。ネオ・ノアローク大佐だよ。た・い・さ。誰と間違えてるんだか知らないが、この船のクルーは皆、オレのことを『少佐』と呼ぶな」
そこで、アスランは自分がムウ・ラ・フラガだと思い込んでいた人物が、別人であることに気づいた。
「・・・アスランくん?躯、どう?」
その時、ひょいと姿を現した人が居た。
アーク・エンジェル艦長、マリュー・ラミアスだった。
「ラミアス艦長!・・・おひさしぶり・・・です」
自分が今までしでかしてきたことを思うと、彼女の顔を直視できなかった。
かつて、ザフト・レッドとして、アーク・エンジェルと戦った時のように、セイバーを駆った自分は、再びこの船に銃口を向けたこともある。
「大丈夫みたいね。よかったわ」
しかし、ラミアスは全く意に介さない様子で、再会を喜び、にこにこと微笑んでいる。
おそらく、無意識なのだろう。
ベッドからまだ起き上がることの出来ないアスランの右手は、それでも、枕元にうつぶせて眠るキラの髪を優しく梳いている。
まるで、先の大戦の巻き戻しのように、再び撃ち合った彼らだ。
けれど・・・キラがアスランのことを想っていたように、アスランのキラへの想いも、どうやら変わってはいないらしい。
ラミアスは安堵の息を吐いた。

というわけで。
3巻から引き続き、アスラン視点の4巻[DECIDE]です。
医務室シーンから抜粋してみました。
ムウさんとマリューさんのシーンで終わっていますが、このふたりのエピソードもわりとたくさん出てきますのでお楽しみに〜。
ずっと書きたかったんですが、なかなか入れるところがなくて。(苦笑)
このふたりについても、原作でもっと書いてくれるかと思っていたのに、結局あまりにあっさりくっついてしまってちょっと不完全燃焼だった。(苦笑)
原作補完と銘うっておきながら何ですが、4巻は捏造率かなり高しです。
テレビシリーズにはない展開&シーンがてんこもりですのでご注意ください。
あれだけ、すれ違っていた彼らなので、そうそう簡単に共闘できるわけがないと思うんですよね。
しかも、アスランは女連れで帰ってくるし。(笑)
というわけで、すれ違っているふたりが、再び歩み寄るまでのシーンをかなり大目にとってみました。
メイリンやカガリが原作以上に出張っています。
メイリンは、原作では結局あまり深いところまで描かれていませんでしたが、このお話では彼女にもクローズアップしたいと思っています。
多大なる誤解が解けた後、ふたりの行き着く先は・・・もうおわかりですね。
DCシリーズでは初のR指定となってしまいました。こちらもご注意お願いいたします。(苦笑)
2006.Oct 綺 阿
©Kia - Gravity Free - 2006