―――その『力』は
僕が望んだものじゃない。





―――眩しい光。
それは、常に夜が支配する宇宙空間では見られないものだ。
瞼を焼くそれに顔を顰めながら・・・キラは薄く瞳を開く。

「・・・キラ?」
枕元で、目覚めを待っていてくれたのは・・・。
「・・・アス?」
焦点の定まらない視界が徐々にクリアになり、キラは自分の失言を悟った。
恋人の名を呼んだのは、条件反射に近かった。
しかし、髪を彩る紺色の色彩こそ同じだったが、逆行で影になっていても、その人がアスランでないことはすぐに分かった。
「キラっ・・・よかった・・・」
ベッドから起き上がれない自分の上に泣き崩れる躯。
いつの間にか、自分よりもずっと細く見える肩にそっと触れる。
「・・・母さん」
「キラ・・・キラ・・・よかった・・・」
ヘリオポリスが堕ちたあの日以来、ずっと離れ離れになっていた、母、カリダ・ヤマトだった。

泣き崩れる母が落ち着くのを待って、キラは疑問を口にした。
「・・・此処は?」
「オーブよ。あなた・・・アーク・エンジェルで帰ってきたの」
開け放たれた大きなフランス窓。
薄い羽のようなカーテンが、微風に揺れていた。
窓の外に広がる森。
高い空。
溢れる光。
穏やかな時間。
それは・・・あの日、戦場になり、ウズミ・ナラ・アスハと共に焔に包まれた場所とは思えなかった。
国籍こそオーブだが、ずっと宇宙で育ってきた自分は、『故郷に帰ってきた』と言われてもあまりピンと来ない。
「此処が・・・今の僕のおうちなの?」
きょろきょろとキラは辺りを見回す。
気がつかなかったが、妙に広い部屋だ。
ヘリオポリスの自室の一体何倍あるのだろう?
自分が横になっているベッドも、ふたりで使ってもまだ余裕のありそうなクイーンサイズのもので、エターナルの狭いベッドの三倍以上はありそうだった。
そういえば、部屋の調度も重厚で、なんとなく高級そうだ。
ごく当たり前の中流家庭に育ったキラにとって、その部屋は何となく気後れのする居心地の悪い場所だった。
「・・・いいえ」
その様子に、くすくすとカリダは笑う。
「此処は・・・アスハ家のお屋敷よ」
「え?」
驚いたように、キラのアメジストが見開かれる。
「カガリ様がどうしてもあなたを傍に、って・・・離さなかったの。お忙しいのに、毎日様子を見に来てくださっていたわ」
「・・・そう。カガリが」
ぽつりとキラは呟いた。


―――カガリ・ユラ・アスハ。


モルゲンレーテが焔に包まれ、ヘリオポリスが堕ちたあの日・・・カトウ教授を訪ねてきた彼女に出逢ったのは、果たして偶然だったのだろうか?
その後、砂漠で再会し、時にはぶつかり合いながらも、何故だか親近感を感じていた。
オーブの姫君だと分かった彼女が・・・父、ウズミ・ナラ・アスハの遺言だと告げた言葉は、今もキラの内側にひっかかっている。


彼女と自分が・・・血を分けた双子だったなんて。


それは、キラの中ではまだ認められない事実だった。
「・・・アスランは?」
この場に居ない人の名を、キラは唇に乗せる。
高熱に魘され、何度か眼を覚ました時、必ず彼が傍についていてくれた。
あの穏やかな翡翠の瞳を見るたびに、戦いで傷つき、疲れ切った心が、安堵に包まれるのを感じていた。
助けてもらったお礼をまだ言っていない。
そして、また一緒に居られる喜びを分かち合いたい。
そう、真摯に思っていた。
キラの呟いたその名前は、カリダにとっても馴染みのあるものだった。
月面都市[コペルニクス]で、キラの一番の親友であったアスランはカリダにとっても、もう一人の息子同然の存在だった。
「アスランくんと・・・また逢えたのね。ずっと・・・一緒だったんですってね?」
「・・・うん」
優しいカリダの声に、キラは少しの申し訳なさを感じる。
今の自分たちは、カリダの知っている幼い日と同じ関係ではない。
互いがかけがえのない一番であることには今も変わりないが、心だけではなく躯も求め合う、綺麗なだけの関係ではなくなっていた。
しかし、母はまだそれを知らない。
「彼は・・・プラントへ帰ったの」
「・・・・・・そう」
きゅっと、キラはシーツを握り締める。
「あなたが眠っている間・・・ずっとついていてくれたそうよ」
優しい彼は、きっと、故郷を捨てることが出来なかったのだろう。
恋人であった筈の自分を選んでもらえなかったことは少し寂しかったが、彼が情に厚く、不器用なほどにまっすぐであることをキラは知っている。
ラクスもアスランも、覚悟がある。
だからこそ・・・『一度は離れた故郷へ帰る』ことを選んだのだろうということをキラは悟っていた。
「キラっ!!」
その時、勢いよくオークの扉が両側に開かれる。
飛び込んできた人物は、そのままキラの胸へとダイブした。
「わっ!」
「キラ!キラ!・・・ずっと意識が戻らないから、心配したっ!・・・このままだったらどうしようかと・・・」
金の髪が嗚咽で揺れている。
「・・・カガリ」
キラは半身の名を呼ぶ。
彼女がどれほど自分のことを案じていたかを知り・・・さきほどの気持ちとは別に、それを嬉しいと想う自分が居るのもまた事実だ。
二律背反するその感情をうまく消化しきれず、キラは曖昧な笑みを浮かべる。
「心配かけてごめんね?」
ぽんぽん、とその背中を叩くと、涙に縁取られた琥珀がキラを睨みつける。
「心配なのは当たり前だ!キラは・・・私の家族なんだからな!」
彼女は気付いていないのだろう。


―――その言葉が・・・どれだけキラを傷つけるかということを。








こちらもお話の中盤です。
実は・・・アスランは本当に冒頭しか出てこないので、そこを載せてしまったら、皆様に本を読んでいただく楽しみが・・・(以下略)というわけで、本を見てのお楽しみということで。(苦笑)
ほとんどキラとカガリしか出ていませんがスミマセン・・・。



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