―――『力』が欲しかった。
すべてを護ることのできる『力』が。





あの、殴られた日から一言も口をきいていなかった上官と顔を合わせたのは・・・その日の夕方のことだった。
デッキに出て、大洋へ沈む夕陽をひとり眺めていたら・・・彼が姿を現したのだ。
「どうしたんだ?一人でこんなところに」
「・・・別に・・・どうも」
あくまでも視線を合わせようとせず、シンは続ける。
「あなたこそ、いいんですか?いろいろ・・・忙しいんでしょ?FAITHは。こんなところでサボっていて、よろしいでありますか?」
取ってつけたようなおかしな敬語ではあったが、いつの間にかアスランを呼ぶ二人称は『アンタ』から『あなた』へと変わっていた。
「本当につっかるような言い方しか出来ないヤツだな。・・・君は。そんなに気にいらないか?俺が戻ったことも、君を殴ったことも」
「・・・別にどーでもありませんけどね」
あくまでも、無関心をシンは装った。
「でも、殴られて嬉しいヤツなんて居ませんよ。当たり前でしょう?大体・・・この前までオーブでアスハの護衛なんてやってた人が・・・いきなり戻ってきてFAITHだ、上官だなんて言われたって・・・それで、はい、そうですか、って従えるもんか!」
漸くシンは振り返る。
その瞳は夕陽でオレンジ色に染まって見えた。
「やってること、メチャクチャじゃないですか!あなた!」
「・・・それは・・・そうだろうな」
その言葉をアスランは素直に受け止めた。

―――瞳を閉じる。
自分でも、その矛盾は痛いほどに感じていた。
二年前、自らの意思で離れたプラント。
もう、二度とこの軍服を纏うことはないと・・・そう思っていた。
だが、何の因果か、再び自分はザフトに戻り、あの日と同じ緋色を纏っている。
自分でもうまく説明の出来ないこの状況を、他人が理解できる筈もないだろう。
そして・・・自分の身に起こった一部始終を他人に話すつもりもなかった。

「・・・認めるよ」
アスランは、シンの隣に立つと、デッキの手摺に凭れる。
「確かに、君から見れば俺のやっていることなんかは滅茶苦茶だろう。・・・だからだと言いたいのか?」
しかし、シンを振り返ったアスランの瞳に浮かんでいたのは、謝罪ではなかった。
「だから、俺の言うことなど聞けない、気にくわない、と。そう言うことか?」
「あ・・・いや・・・」
その静かな威圧感に、思わずシンは後ずさる。
「自分だけは正しくて、自分が気に入らない、認められないものは皆、間違いだとでも言う気か?君は」
「そっ・・・そんなことは!」
「なら・・・あのインド洋での戦闘のことは?」
静かにアスランはシンの非を責める。
「今でも、あれはまだ間違いじゃなかった、と言うのか?」
しかし、シンにもそれに拘った理由はある。

昔・・・護りたいものを護る[力]がなくて・・・涙をのんだ自分。
[力]さえあれば・・・護りたいものを護れたのに。
今、自分に[力]があるというのならば・・・それを、[力]がなくて泣いている人のために使うのは当然のことだった。

「・・・・・・」
その、あくまでも持論を曲げようとしない頑なな態度に、アスランはひとつ溜息を落とす。
「オーブのオノゴロで・・・家族を亡くした、と言ったな?君は」
「殺された、って言ったんです。・・・アスハに」
きっぱりとシンは訂正する。
「・・・あぁ。そう思いたいのならば、そう思えばいい。だが・・・だから君は考えたって言うわけか?『あの時・・・[力]があったなら。[力]を手にいれさえすれば』と」
その言葉に、シンの瞳が見開かれる。
「なんでっ!・・・なんでそんなこと言うんです!」
見透かされていた自分の本心。
シンは知らない。
かつてアスランも・・・同じ想いを抱いていたことを。
「・・・自分の非力さに泣いたことがある者は・・・誰でもそう思うさ・・・多分」

―――そして、知らない。
[力]を得たために・・・戦場へ出て、かけがえのない相手と剣を交え、殺し合ったことを。

「けど・・・[力]を手にしたその時から、今度は自分が誰かを泣かせる者となる。それだけは・・・忘れるなよ」
アスランは強い言葉で言った。

戦場に出れば、[敵]か[味方]かのどちらかしか居ない。
被害者と加害者は裏表だ。
[力]を持って、[敵]を討つ。
その人間は、自軍から見ると[英雄]だが、敵軍から見ると[殺戮者]でしかない。
そもそも、人を殺しながら[殺人者]と断罪されないのは、軍人だからだ。
軍人は、命令に従って戦場に赴き、敵を討つ。
命令とは、個人の感情ではなく、国家の決めた決定事項。
それ故、軍人は殺人を赦される。
そして、またそれ故、命令に従わねばならないのだ。

先日からのシンの行動は、軍人として守らなければならぬ規範を外している。
それを、アスランは責めたのだ。

「俺たちは、またすぐ戦場に出る。その時に、それを忘れて・・・勝手な正義と理屈で闇雲に力を振るえば・・・それは、ただの破壊者だ。そうじゃないんだろう?・・・君は」
アスランは真紅の奥にある焔を見つめる。
「俺たちは、軍の任務として出るんだ。喧嘩に行く訳じゃない」
「そんなことは・・・分かってます!」
噛み付くようにそう言ったシンに・・・アスランは淡く笑む。
大丈夫。血の気が多く、やや先走る感はあるが、その瞳に嘘はない。時間をかければ、きっと自分の言ったことも届くだろう。
「ならいいさ。それを忘れさえしなければ・・・確かに君は優秀なパイロットだ」
伝えたいことは言った。
アスランは、ゆらりと手摺から離れる。
「・・・でなけりゃ、ただのバカだがな」
そう言い遺して去ってゆく紅の背中を、シンは見送った。








・・・すみません。
おもいっきり話の中盤です。
冒頭をプレビューにしてしまうと、本を手にとっていただく楽しみが半減すると思ったので、あえてこの位置にさせていただきました。
この辺りは、シンがアスランを妙に意識しているのが可愛くてダイスキです。(笑)


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