陸奥睦月 (Novel) 『Relation to a heart』




長い綺麗な指が、さらさらと几帳面にノートに文字を綴ってゆく。
(やっぱり綺麗だなあ……)
綺麗なのは書かれる文字や、指だけじゃない。その指を持ったその人の顔もとっても綺麗なのだ。
(あ、まつげも長い。うーんでもやっぱり綺麗なのは、瞳の色だよね)
でも、もったいないのは眼鏡の奥に隠されてるって事かな?
そんなことを考えながら、そっと首を傾げた少年の名前はキラ・ヤマト。当年とって十六歳になるぴっちぴちの高校生。
「こら、キラ…。聴いているのか?」
「聴いてるよ!」
だがキラは見つめていたアスランに、こつんと額を叩かれて、キラはぶううと頬を膨らませた。
キラが見つめていた青年…名前をアスラン・ザラと言い、現在二十三歳の大学院生だ。そして先月からキラの家庭教師も勤めてくれている。
「聴いていたなら…これの答えはどうやって出すか言ってみろ」
「え…?えーっと」
「……やはり聴いてなかったか…。いいか、もう一度説明するから、今度はちゃんと聴いていろ」
「はーい。せんせー」
真面目なアスランは、不真面目この上ないキラに、懸命に勉強を教えてくれている。そんなアスランの顔と、そして低く響くテノールにまたしても聞き入っていたら、今度はアスランにぱこんと頭を叩かれていた。
「いったーい。アスラン、なにするの!!」
「アスラン、じゃないだろう。今は先生、だ。ちゃんとけじめをつけろ」
綺麗なエメラルドの瞳を吊り上げたアスランが、本気で怒ってきた。あ、これはやばいと感じたキラは慌てて居住まいを直して、アスランの書いてくれた「解説ノート」に視線を落とす。
「ほら、説明してみろ」
今度こそちゃんと聴いてたんだろうな?とじろりと睨んでくるアスランに、キラは小さな溜息を吐いてしまった。
(もう、どうして僕のこの視線に気がつかないかな?)
面倒くさそうに、アスランの書いてくれた文字を読みながらもキラはちらりと「真面目な先生」を見つめていた。
アスランは、キラの家の近所のお兄さんだ。
昔からその優秀さと、ルックスで近所のおば様方にも大人気。
加えて性格もいいものだから、アスランは半径五百メートルくらいの人間…いや飼い犬や飼い猫にいたるまで…好かれているといっても過言ではない。
そんなアスランに、しっかりと恋心を抱いていたキラとしては、この「家庭教師の先生と生徒」という甘すぎる関係を利用しない手はないと考えていた。
(なのに、アスランってばちっとも僕の気持ちに気がついてくれないし!!)
ずっとずっとアスランに秋波を送っているのに、鈍感なアスランはちっとも気がついてくれない。
こんなに性格もよくて顔もよくて、ついでに頭もよくて…そして家柄もいいアスランは、天が二物を与えたかのような最高傑作だ。だから多分大学に居てもモテるだろうに、キラの視線の意味に今まで気がついたことさえない。
(まあ、恋人はいないみたいだけどさ!)
その辺りは抜かりなく調査しているキラだ。もちろんアスランに振り向いてもらえるように、キラだって今までたくさん、たくさん努力してきた。
嫌いな人参だって、美容のために良いとあらば頑張って食べたし、毎日念入りに肌のケアは欠かさない。
もちろんアスランに一番に触れて欲しい唇は、いつだってぷるぷるのつやつやにしている。
(なのに、なのに!どうしてアスランってば全然気がつかないわけ?)
浮いた噂一つ聞かないアスランは、それくらい恋というものに疎いのか、本当に鈍感なのかどちらかだ。
(超、鈍感に一票、だけどさ……)
でもそのおかげで、今までアスランにアタックしてきた女性陣はことごとく撤退しているのだ。
それを思えば、アスランの鈍感さ加減は、キラにとってはチャンスとしか言いようがない。何と言っても、キラはアスランと同じ男だからだ。
(それでも、アスランが好き…。絶対、アスランの恋人の座を射止めてみせるんだから!)
ぐ、と拳を固めて決意を新たにしたキラだが、またしてもぱこんとアスランに頭を叩かれていた。
「キィーラ?お前何考えているんだ?ったく、少しは集中しないと、また赤点になるぞ?俺が見ているんだから、みっともない点数とってくれるなよ?」
これじゃあ、何のために家庭教師をしているんだかわからない、と本気で頭を抱えそうなアスランに、キラは慌てて大丈夫だよ!と胸を張って見せた。
「その自信の根拠はどこにあるんだ?」
「……エート…?」
本当は、アスランに教えてもらっている科目はキラの得意科目だ。だから赤点なんて取るはずもない。キラが赤点を取っているのは、アスランに家庭教師をしてもらうための口実だったりするのだ。
でもこれでアスランがお役ごめんになったら困るよね?とキラは慌ててノートに答えを書いていた。
「……キラ、お前?」
「え?何、出来たけど…何か変?」
「いや。やっぱり、やれば出来るじゃないか」
いつもこれくらいやってくれればいいのに、と溜息を吐くアスランの横顔に、キラはぽーっと見惚れてしまった。
(うーん。やっぱり僕のアスランって格好いいなあ〜)
ああ、あの腕に抱かれてみたい!と自分より逞しいアスランを見つめて、キラは真に願ってしまった。
だがキラのそんな視線を何と取ったのか、アスランがキラの頭をぽんぽんと叩いてきた。
「そろそろ、寝る時間か?じゃあキラ、今日はここまで」
「え、嘘!!」
何でそうなるの!?とキラは慌てて時計を見る。
だがまだ針は十時を差したところだ。
まだまだ夜はこれから!という時間なのに、アスランは、今日はこれでなんて言って本気で帰ろうとしていた。
「アスラン、帰っちゃうの?」
まだ早いよ!とキラはひしっとアスランの服の端を掴んだ。
そしてうるうると(これぞ必殺キラのうるうる攻撃@ミリアリア命名)瞳に涙を溜めてアスランを見上げていた。
「キラ?お前、目をどうした?ゴミでも入ったのか」
「……」
だが並の男どもなら一発で落ちるキラのうるうる攻撃も、アスランには何の効果もない。それどころか、そんなに痛いのならさっさと寝たほうがいいなんて言って、キラをベッドに押し込める始末。
「じゃあちゃんと寝るんだぞ?あと、次に俺が来るまで復習をきっちりしておくこと!いいな!!」
それだけを言って部屋から消えたアスランを、キラは半ば呆然として見送っていた。
はっきり言おう。キラはなぜか男にモテる。もちろん女の子にもモテるが、女の子達にはどちらかというと可愛がられている、といったほうが正しい。つまり本気で恋愛感情を抱かれるのは男達からであって…。
「でも、アスラン以外にもてたって、何の意味もないのに!!」
うわーん、とキラは全くもって自分の魅力に落ちないアスランを思って、枕に顔を伏せてしまった。
「ううう、こうなったら…もう最終手段、しかない?」
次こそは、絶対に落としてみせるんだから!とまた決意も新たにしたキラは、とりあえず肌が荒れないようにと顔パックを始めた。
「絶対に、ぜーったいに、落として見せるからね!!」
キラ様を舐めるな!とキラは顔のみならず、アスランに見られても恥ずかしくないように、全身を磨く準備をする。その決意は、きっとどんな山よりも高い。



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