第一章 春
ジリリリリ!目覚ましのけたたましい音とともに私は目覚める。早速、テレビをつけ顔を洗う。とにかく、ぐりぐり芸能チェックは見ておかなきゃね。えっ、私?テヘッ、自己紹介がまだでしたね。私は湊砂沙美、関西学研大学付属中学の二年A組。2−Aったって、どっかのロボットのパイロットをやってるわけではない普通の女子中学生です。身長は150cm、体重とスリーサイズはひ・み・つ!そうそう、我ながら早起きでしょう?何しろ、朝食の支度とともにパパと自分のお弁当を作らなきゃいけないから、毎日大変なの。
「7時30分、7時30分!」テレビの音がする。
「いっけなーい、パパを起こさなきゃ。」慌ててパパの部屋へ向かう私。
パパの部屋に着くとそこにはしっかりと目覚ましを抱え込んだパパが寝ていた。
「パパ!起きてよ、遅刻しちゃうよ。」
「…zzzzz…。」
「起きてってばぁ〜!」
「うっ、う〜ん、砂沙美かぁ?」眠そうな声でパパが言う。
「まだ、寝ぼけてるぅ〜、もう、7時30分まわったよ。」
「…今日、休講にするから…、お休み…。」
「もう、早く、起きてよ!また畑主任教授に怒られちゃうよ。」
かばっ!ようやく起きるパパ。
「砂沙美、パパのことを愛しているか?」急にシリアスモードで語りかけてくる。でも、いつもいつもじゃ騙されない。
「はいはい、愛していますから、早く起きて。」
「パパも砂沙美を愛しているから、もう30分だけ…。」現実逃避の布団かぶりをするパパ。
「だめ!」
「せめて、10分。」
「…、だめったら、だめっ!」
ママが愛想を尽かして、出ていったのもわかる気がする。えっ?ママはって?ママは三年前にパパと離婚して、関東に住んでいるの。ママは生物工学っていうのを研究していて、33才で教授になったの。凄いでしょう。でも、砂沙美はパパに似たのか勉強の方はあまり得意じゃないの。けれども、スポーツは得意中の得意。勉強なんかできなくても生きていけるもんね。
「7時55分、7時55分。」テレビが非常事態を告げている。
「まずい、このままでは新学年早々遅刻してしまう…。」ここから、中学校まで約3km。か弱い女の子の脚では30分はかかってしまう。それに、いい加減パパを起こさなきゃ。
「菱ちゃん!」
「みゃー。」
「剣ちゃん!」
「しゃう〜。」
「いつものをやるわよ。」
ペットの猫達にスクランブルを告げる私。
そして、パパの布団の中へ2匹を投り込む。
「あっ、び〜!」
パパの阿鼻叫喚の悲鳴を聞きながら玄関を出る。
「えっ、もう8時5分?」
慌ててPHSで美紗緒ちゃんに連絡をする。
「もしもし、美紗緒ちゃん?」
「どーしたの、砂沙美ちゃん?」
「遅れそうだから、先に行ってて。」
「また寝坊したの?」
「違うよー。パパが寝坊したんだよ。じゃー、また後でね。」ピッ!
今から行けば、美紗緒ちゃんの足でも学校に間に合うはず。連絡をしておかないと、美紗緒ちゃんってば、2時間でもずっと待っているんだもの…。まっ、そんな美紗緒ちゃんが砂沙美は大好きなんだけどね。と、語っている間にも時は過ぎてゆく。
カチッ!覚悟を決めてリュックのベルトを固定する。通学路を行けば3キロの道のりも大学の構内を突っ切れば2キロで行ける。ダッシュをかけて大学構内のポニーの丘を目指す。本当は緑が丘って言うらしいんだけど、今じゃポニーの丘って言う方が有名になったみたい。丘には一本の樅の木が立っていて、学研祭のときにはクリスマスツリーのようになるの。本当にそれは幻想的なくらい綺麗なんだから…。
しかし、現実は厳しい。家からこのむ丘まで平均斜度5%の道を走っていくのである。栗東のお馬さんもこんな気持ちなのかしら?と時に考えることもある。心なしか、太股のあたりがまた太くなったような…。
丘に登れば、後は下り坂。一気に加速して、中学との境界の水壕と生け垣を飛び越える。チラリと時計をみやると8時15分。
「よっしっ、セーフ。」自然とガッツポーズをとる私。
「湊さん!」すぐそばで、聞きたくない声がこだまする。
「登校は、ちゃんと校門からするものよ!」
しまったっ!今週の週番は数学の吉川先生だった。
「吉川由梨(きっかわゆり)」通称鬼百合とか鬼吉川とか言われたりして、生活指導で定評がある。美形ではあるが、性格が災いして?30代目前で未だ独身である。
「湊さん、また生け垣を越えて入ってきたのね。校則違反よ、チェックしておくわ。」
あっちゃ〜!思わず頭を抱える私。同じクラスの風紀委員の映美にまで見つかるとは…。
「伊達さん、私は校門の遅刻調査に行きますから、湊さんのことはあなたに任せます。」
「わかりました。吉川先生!」元気よく返事する映美。
その後、映美にギャーギャーわめかれて憂鬱な気分で私は、教室に入った。
「砂沙美ちゃん、ギリギリセーフだね。」
「はぁ〜っ…。」深い溜息をつく私。
「どうしたの?」心配そうに顔を覗き込む美紗緒ちゃん。
「…本当はさあ、余裕でセーフだったんだよねぇ…。だけど、垣根を越えたら鬼百合と委員長に見つかっちゃってさぁ。」
「湊、とんだ災難だったな。まっ、おかげで俺は助かったけどな。」嬉しそうにVサインを出す松野くん。
「そうだよね。湊さんが捕まってなきゃ、僕も松野くんもアウトだったよね。」と宮崎くんが相づちを打つ。
「本当に正門が国語の愛知先生で助かったよな。」
(なぬ!表の方が警備が手薄とは…。)思わず天井を見上げる私。
「こっちは最低だったんだから…。」
「大体、女の子が生け垣を越えてくるのが間違ってるのよ。ねぇ、広人。」突然、このはが会話に割り込んできた。川上このは、この子は気のせいかなんかいつも私や美紗緒ちゃんに絡んでくる。
「別にいーじゃねか。誰でも、飛び越えられるわけじゃないんだからな。このクラスじゃ、湊と俺ぐらいじゃないのか。」
「あーん広人ぉ〜。湊さんに優しすぎるぅ〜。」
「あー、くっっくなって!」
「広人ったら冷たいのね。でも、そこがス・テ・キ!」
うげっ。思わず朝食の鮭を戻しそうになる私。激走がたたったのか?このはのセリフのせいなのか…私にもわからない。
こんな朝を毎日のように私は繰り返しているのであった。