2000.07.16
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毎年7月の第3土曜日・日曜日に高知県香美郡赤岡町(1)で「絵金祭り」が開かれます(2).江戸時代のはじめから宿場町として栄えにぎわってきたこの町では,真夏の灼けつくような太陽が沈むのを待って,旧街道沿いの往来に打ち水をし,門戸に御神灯をつるします.そして,蔵の中から担ぎだされた約6尺(1.8 m)四方二枚折りの屏風が軒下の雨だれ石の上に直に置いて開かれます.辺りが暗くなると提灯がともされ,開かれた屏風の前に百匁ロウソクがともされます.いよいよ,幻想的な「屋外美術展」の始まりです.力強い墨線を彩る泥絵の具(3)の赤・緑・黄の強烈な色彩が画面からあふれるがごとくいっせいによみがえって,美しくも妖しい夢幻の世界をくりひろげます. |
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→ こんな具合に屏風が民家の軒先に立てかけてあります.これはもちろん本物です.レプリカではありませんヨ. 6時です.そろそろお祭りが始まります. |
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← 歌舞伎や浄瑠璃の内容に疎い(全く知らないとも言う)土佐チョコ一族は「すごい絵だね!」とか「おどろおどろしいね!」とか言いながら眺めていました. |
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チョコ姉ちゃんが¥300を はたいて金魚すくいに挑戦. チョコ:「姉ちゃんがんばってね」 |
風船釣り チョコ:「ガウガウしたいな」 |
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→ 二月堂良弁杉 |
| 今宵は皆既月食です. |
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ちょっとした「スーパー?モデルな気分」を味わった土佐チョコ一族です.道行くお姉さま方には「カッワイイー」と言ってもらいました.自分が褒められたようでとっても嬉しい土佐チョコパパでした.ステージママは毎日こんな気分なのでしょうか?そこで教訓:お祭りに行くときには「きれいな首輪と引綱」を用意しましょう.いつモデル犬になるかわかりませんから.
(2) 絵金:絵師金蔵のこと.歌舞伎や浄瑠璃の物語を題材にした屏風絵の作者.
絵金は1812年高知城下に髪結いの子として生ました.幼少の頃から画才に秀でた絵金は,城下に住むお城絵師池添美雅(いけぞえよしまさ)に師事し,狩野派の画風を学びます.1829年,藩主山内候息女徳姫の出府に際し,駕籠かきの名目で供に加えられ江戸に上ります.藩邸の特別の取りはからいにより江戸城御絵師・駿河台狩野五世の宗家洞白の許に入門が許されます.3年間という圧倒的に短い修行期間で免許皆伝になった絵金は土佐に戻り,若干19才にして家老桐間家のお抱え絵師になります.
ある日,絵金の描いた習作が彼のもとに出入りする画商により持ち去られます.画商は偽の署名落款をつけてこれを売りに出します.本物と疑わずこれを購入した豪商は,華やかに披露の宴を開きます.しかし,居合わせた鑑定家はこれを絵金の作と明言します.これが「偽絵事件」です.これにより絵金は城下を追われます.絵金は町々を放浪しながら紺屋・染め物屋の下絵・幟などを描いて暮らしをつないだと言われています.
放浪の果てに絵金は赤岡の伯母のもとに身を寄せます.天領直轄地以外での芝居興行を禁じられていた当時ではありますが,長曽我部遺臣団の反山内体制の気風を内に秘め廻船問屋・商工業者の財力を持つここ赤岡では,天領である讃岐琴平の金丸座から上方役者を招いて芝居興行が行われていました.この赤岡の地で絵金は芝居絵に開眼・大成したと言われています.また,このような縁で,彼の主要作品の大半が赤岡町で所蔵されています.近森敏夫 著,赤岡町教育委員会 編集,「絵金読本」,1997年7月(改訂)より抜粋
より詳しい説明はこちらへどうぞ.
(3) 粉末を水で溶いて使う退色しやすい安価な絵の具.膠を混ぜて使うことにより絵金の屏風は百数十年経った今も鮮明な色彩を保っている.
(4) 一人のカメラマンの方に「いいですよ」と言ったら.次から次からカメラマンの方が「チョコ+屏風絵」の写真を撮りました.「ハーイ,こっちむいて」,「名前は何て言うの?」,「チョコです」,「チョコ君,目線くださーい」などという会話が続きました.土佐チョコパパ+ママ+姉はひたすらチョコに「待て」と言いました.チョコ君,疲れたでしょう.ストロボが眩しかったでしょう.ご苦労様.