物証など手がかりついてのまとめ




龍馬暗殺の中で残された物証や手がかりについてまとめます。










刺客が残したと
思われる刀の鞘



惨劇の現場に犯人が残したものと思われる刀の鞘。黒く鑞(ロウ)色の鞘であったと云われている。

この鞘については、尾張藩の 11/20 付、鳥取藩の 11/23 付の記録に 「刀之鞘壱本 但し黒塗」 とあるらしく、本当の遺留品と見て間違いない。



刺客が叫んだと
云われる
 「こなくそ」
という言葉

中岡慎太郎の証言を,土佐藩:谷千城が記録したもの。

その記録(慎太郎の証言)を要約すると、「賊はいきなり「こなくそ」 と叫んで斬りつけた。 「こなくそ」 というのは四国の方言だ。おれも坂本も刀を抜く暇もないほど素早く、鋭い太刀さばきであった。」 とのことである。



刺客が残したと
思われる下駄



「瓢(ひざご)亭」 と焼き印の押された下駄が残されていたとされている。「瓢亭」 は新撰組御用達の料亭であったとされる。しかしこの下駄の遺留品に,疑問を投げかける声もある。この下駄は遺留品として存在しなかったのではないか、という説である。その説の要約を以下に示す。

「瓢亭の下駄」 遺留品の 「記録」 は暗殺当時のものには残っていない。大正15年刊行の岩崎鏡川著 「坂本龍馬関係文書」 で取り上げられたのが最初である。

そこに書かれた内容は、事件当時の近江屋当主である新助の話を,その子供、新之助が聞いたという 「思い出話」 を著者が取材したらしいのである。

ちなみに 「下駄」 の遺留品はあったらしく、尾張藩・鳥取藩の記録には、「遺留の下駄は二足。一足は祇園三軒茶屋の中村屋のもの。もう一足は同所の噌々堂(かいかいどう)のもの。」 とあるらしい。

事件当時にこの 「下駄」 によって犯人を探した記録はないらしく(つまり証拠としての重要性を感じることができない)、「瓢亭の下駄」 = 「新撰組犯人説の裏付け」 、という話は、後世に 新之助の 「思い出話」 から作られたものではないか、という説である。

本当に謎である・・・・。










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