らくらくISO9001講座

  月刊誌「ISOMS(アイソムズ)」2003年10月号掲載原稿



小企業こそISO9001が役に立つ
小さな土建屋さんのISO9001取得作戦





何も変えずにISOが取りたい

 地方の山間の町で土木業を営んでいるK建設より、ISO9001の相談を受けた。きっぷの良い
社長と奥さんが引っ張る、作業員も含めて20人余りの小さな土建屋さんだ。「当社の扱う規模
の工事でISOが入札条件になるとは思わないが、顧客はISOを強く意識している。公共工事が
減ってゆく中で、信用を確保してゆくためにISO9001を取っておきたい」とのことだ。

 これに加えて、社長夫妻から次のような注文を受けた。「当社は管理レベルには自信がある
ので、何も変えるつもりはない。今のまま何も変えずにISOが取りたい」というのだ。
 社長が言う通り、しっかりとした仕事をする会社だと聞いていたので、次のように答えた。「
工に関わる部分はほとんど変える必要はありません。書類も今のままで行きましょう。ただ
し、経営管理の部分では少し新しいことも必要です」。これに対し、社長も「少々のことは覚悟し
ているが、基本的に仕事のやり方を変えずにISOが取れるならお願いしたい」とのことで、
ISO9001取得のお手伝いをすることにした。

 ただし、この時、私は次のように考えていた。「何も変えたくないというのは、社長の本音で
はなさそうだ。本当は、この会社は改善したいテーマをたくさん持っているだろう」。この勘は
当たっていた。
 社長が、「何も変えずにISOが取りたい」といったのには理由ある。既にISOを取得している会
社の、重厚すぎるシステムや、品質管理上の意味の感じられない仕組みを見てきて、「ISOを
取るために、無駄な仕事を増やす気はない」ということを、「何も変えない」と表現していたの
だ。しかし、その言葉の裏には、「役に立つものならしっかり使ってやろう」という考えが隠され
ていた。


建設業者は不真面目か?


 ISO関係者から、度々次のような言葉を耳にする。
「建設業者は、ISOの看板だけがほしいので、まじめに取り組む気などない」
「中小企業の経営者は、目先のことしか考えない」
しかし、これは本当だろうか。私が何人もの中小企業の経営者から話を聞いた印象とは全く違
うのだ。

 お会いした経営者の多くのは、会社の改革へ向けての想いを持っていた。数年で他部門へ
移るサラリーマン品質管理部長などとは違い、オーナー社長は、一生その会社を率いて業
績を上げ続けなければいけないし、失敗したらすべて自分で責任をとる。決意が違うの
だ。
 しかも、ISO9001の取得費用は、会社が小さくなってもそれほど安くならないから、小さな会社
ほど、負担感が高い。大会社の担当者が「会社の予算(他人のお金)でISOを取る」と思ってい
るのに対し、中小企業のオーナー社長ならばポケットマネーでISOを取る感覚だ。大会社のス
タッフよりも、中小企業のオーナーの方がずっと本気である。


看板だけのISOが広がる理由


 しかし、実際には看板だけのISO9001を取って、無駄な記録作りに苦しむ、中小の土建屋さ
んが多い。なぜ、こんなことになったのか。
 最大の理由は、正確な情報が得られないことだろう。ISO9001がどのようなものかわから
ない段階で、「簡単に取れて、入札が有利になります」というセールストークに乗せられてしまう
(そういうセールスをする人も多い)。そして、出来合いの品質マニュアルをあてがわれて、動
かないシステムができてしまう。しかし、このようなセールストークに乗せられてしまうのにも、そ
れなりの理由がある。

 最近の建設業者は、次々と行政から新しい管理システムを指示され、その度に作る書類が
どんどん増えている(毎回、ソフトの購入や、設備の更新など数百万円ものの投資も必要であ
る)。一つ一つのシステムを慎重に吟味する余裕は無く、ともかく早く片付けていかなければな
らないのである。ISO業界から見れば、"なぜISO導入というに重大な経営課題について安易に
決めるのか"と思うかもしれないが、建設業者から見ればたくさんの規制の一つに過ぎな
。「簡単に取れる」と言う言葉は、魅力があるのだ。
 
 しかし、経営者に会って、ISO9001の本当の姿を話し、社内改革の効果について説明すると、
みんな大いに関心を示す。中小企業の経営者は会社を良くしたいと思っている。ISO9001
がそのために効果があるということが、伝わっていないだけなのである。
 あるいは、本気で改革をしようとISOに取り組んだが、コンサルタントの提供する書類を写し
ただけで終わり、動けないシステムを抱え込んだ気の毒な例もある。


やりたいことをやりましょう


 さて、K建設でのISO9001取得作戦が始まった。すぐに経理・総務を取り仕切る奥さんから、
「器具や備品がどこの現場にあるか分からないことが多いので、管理の方法を変えたい。これ
もISOに入れてよいですか」と聞いて。何も変えないと言っていたのに、いきなりこれだ。
ISO9001は具体的なことは何も決めていません。ISOは会社がやりたいことをやるため
の、きっかけにすぎません。大いにやりましょう」という答えをして、奥さんのアイデアを元に、
器具の持ち出し管理の仕組みが翌月から稼動した。奥さん曰く「うちは決めたことはすぐや
るからね」。頼もしい会社だ。
 会社は、日常の記録にも改良を加えた。作業日誌は、いろいろな事例を研究して、必要かつ
無駄のない様式を工夫した。これに合わせて、作業日誌の書き方が徹底された。作業日誌が
しっかり書かれるようになると、今度は、その報告欄に書かれた記事をチェックして、注意点や
問題点を拾い出し、定例会議で報告する仕組みが始まった。これも、会社が自ら発案したもの
だ。
 品質目標について、「現場監督ごとに目標を立てて下さい」とお願いして、翌月訪問したら、
社員全員の目標が決められていた。もちろん目標の内容には、安全の基本動作に関するもの
などもあるが、積極的に仕組みを活用してゆこうという姿勢が素晴らしい。さらに翌月には、各
個人が目標の出来具合を、壁の目標シートに毎週記入するルールができ、運用されていた。


コンパクトなQMSが完成

 こうして、8ヵ月後に30ページほどの品質マニュアルが完成した。時間は少しかかったが、自
社の仕事のやり方をベースにして、自分達で書いてきた品質マニュアルである。
 基本は「何も変えない」システムだから、2次文書はない。施工に関する文書は、今までの
公共工事の施工計画書や報告書をそのまま使い、追加したのは「打合わせ記録用紙」と
「自主検査記録」ぐらい。目標管理や、現場の情報の整理については、会社がいろいろと工夫
して強化したが、施工管理そのものはほとんど変えていない。
 結局、新たに作ったのは、品質マニュアルと20枚ほどの帳票という、軽いシステムだ。しか
し、魂がこもっている。


真剣に経営を考えてるんだ

 予備審査では、「内部監査チェックシートの項目があいまいで、何を監査したかわからない」
と繰り返す審査員に、会社が反論した。
「うちは自由に話し合うきっかけにするために、こういう風に作っているんです。○×式のチェッ
クシートなんか参考書を写せばすぐ出来るし、監査も10分ですんでしまう。そんな内部監査に
意味はありません」。この啖呵には、審査員も驚いて、「内部監査の方法で、ここまで反論を受
けるのは初めてです」とのこと。中小企業の経営者は真剣なんだから、通り一遍のやり方
を押し付けてもらっちゃ困る
 そして、認証取得。「みんなきっちり仕事をするようになった。当社にとっては、これでも良くや
った方だ。当社のレベルとしては上出来だ」と遠慮して言うが、とんでもない。本気で社内の活
性化に取組み、本気で作ったISOシステムは、上出来どころか、立派なものだ。書類が多いの
や、品質管理手法を駆使したのがハイレベルなのではない。本当に機能し、改善に結び
ついているシステムがハイレベルなのだ

ISO9001は中小企業でこそ効果を生む

 今までにも、さまざまな品質管理手法や、経営手法があったが、その多くは大企業向けのも
のだった。中小企業で使用する場合は、大企業で成功したモデルを、簡略化して当てはめると
いう感じで、なかなか使いこなせなかった。
 これに対し、ISO9001は自由度が高く、最初からその企業の業種・規模・性格に合ったシステ
ムが考えられる。中小企業のとっては、数少ない自社のレベルで使いこなせる経営ツー
である。従来からそれなりのシステムで運用されてきた大企業よりも、システムが未完成の
中小企業ほどISO9001導入の効果は絶大である。
 小さな会社で、経営者が陣頭指揮をとって、本音で取り組んだ品質マネジメントシステムは、
大企業のように重厚なものでも、高度な手法を使ったものでもないが、経営者が経営のことを
考えて取り組んだ、トップダウンのシステムだ。見方によっては、大企業より、小企業の方が
本当のマネジメントシステムが出来るのである。


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